第6話 冬支度
――あれから更に冬が深まって、夜中に雪がチラチラ降る日も増えた。
セラス母さんの指輪のサイズを調べた糸は、もうゴードン父さんに渡してある。「すごいのを作るぞ」って言ってすごく嬉しそうな父さんを見ると、なんだかこっちまで嬉しくなったよ。
あの2人の結婚とか僕らの養子がどうとかっていうのは、来年の春以降の話みたい。なんか色んな手続きあって、用意するものも多いらしくて、大変そうだ。
父さんは今も街に住んでいて馬車で行き来しているけれど、春先にはどうなるか分からない。分からないことが、楽しみでふわふわする。
そう言えば、この前父さんがキカクガイのサツマイモをたくさん持ってきてくれた。僕が集めておいた落ち葉を囲んで、皆で焼き芋したんだ。
たっぷりのバターを吸わせて食べたイモは、甘くてとても美味しかった! レンファは結構食い意地が張っているみたいで、セラス母さんに「お腹壊すわよ」って言われるぐらい食べていたなあ。
あと、レンファの魔女業については一旦お休みだ。
秘薬を作りたくても、材料がなくて無理なんだよね。辛うじて――僕に投げつけた――シナシナのにんじんが残っているくらいで、他の物は全部、魔女の家と一緒にぐちゃぐちゃになったから。
まずは少しずつ材料集めをしていくらしい。でも、冬の間じゃないと採れないようなものも地面に埋まっていて、僕はよくレンファと一緒に森に入っては、スコップで地面を掘り返している。
採れたものを軒下に干してカピカピのシナシナにするのは、なかなか楽しいんだよ。このままレンファに弟子入りして、魔女――魔男にしてもらおうかな。
でも冬に採れるものばかりじゃないし、必要な材料をすぐには集めきれない。そして魔女が居なくなると、街を怖がって近付けない人――物々交換で暮らしていて、お金をもっていない人たちが困る。
だからレンファはもう少し大きくなったら、街で調剤薬剤師の免許を取り直すって言っていた。自由に薬を取り扱えるようになったら、街の店で薬を買ってそれを『魔女の秘薬』として横流し? するんだって。免許さえあれば
よく分からないけど、母さんが「
◆
カウベリー村に居た時は、冬になると井戸の表面が凍りついちゃっていた。毎朝それを割るのは少し大変だったよ。早起きが得意だったから、朝一番に井戸を使うのもだいたい僕だったからね。
でもこの家の裏にあるバケツの水は、ずっと流れているからなのか完全には固まらない。端の方がシャリッとしている時はあるけど、それだけだ。本当に便利だと思う。
ホースだって凍りそうなものなのに、やっぱり中を水が流れ続けるから? 森の小川も滅多に凍らないっていうし、森の中にある水槽も絶えず水が動き続けるから、凍らない。
この仕組みを一番初めに考えた人は偉大だ。サイホーンノゲンリ、みたいな人だったかな。母さんがサイホーンノゲンリは人じゃないって言っていた気もするけど、とにかくすごいぞ。
「――レンったら、日に日に起きるのが遅くなるわね」
「クマだからねえ。冬眠するのも近いかも」
「ふふ、冗談はさておき、成長期なのかも。夜もコロッと寝ちゃうんだから」
「可愛いねえ」
母さんと一緒に沸かしたお湯でゴシゴシ洗濯したものを、順番に干していく。熱いお湯は服の生地を傷めちゃうらしいんだけど、冬の冷たすぎる水は汚れが落ちにくくなるんだって。だから、ぬるま湯でササッと洗濯する。
干す時には服がヒンヤリ冷たくなっているから、手が真っ赤にかじかんじゃうのが辛い。冬場にお湯を使い過ぎるのも、手荒れする原因なんだよ。
母さんは、僕が手伝いするようになってから手荒れが減ったって喜んでいた。お洒落でビ魔女の母さんだけど、指先だけはしっかり働き者のおばさんだからなあ。
前から熱心だったけど、冬になってからは特に必死の形相でハンドクリームをぬりぬりしている気がする。
洗濯を干し終わったら、洗うのに使った大きなタライを片付ける。夏の暑い日なら、足踏みで洗濯するのも楽しそうだね。
片付け終わってグーッと大きく伸びをすると、服とズボンの裾が上に引っ張られてスースーした。熱いお湯で洗い過ぎなのか、最近どの服も縮んじゃって困る。
あとご飯が美味しくて、ちょっと太った。
「そうそうアレク、また街へ行かないといけないわね。もうすぐ目薬、使い切っちゃうでしょう?」
「あー……うん、そうだね」
元々僕が貰っていた目薬は、2週間分って言われていた。目の炎症と乾燥を抑えるだけの薬だから、使い続けても目が良くなることはない。だけど、左目の奥の重怠い感じは減った気がする。
大事に慎重に使っていたせいか、とっくに2週間が過ぎたけど――まだ小瓶の中には液体が残っている。
できるだけ街には行きたくないって思いながら、使っているせいだろうなあ。
最近父さんが「親父とお袋が、もっと孫の顔を見せろってうるさい」なんて言ってくるし――
この悪戯は、一生モノだからね。覚悟した上で嘘をついたんだから、ちゃんとしなきゃいけない。
「僕ちょっと、ルピナが苦手みたいだ」
「――あら、そうなの? ルピナの方はなんだかお熱って感じだったけどね。「アレクくんは私のなんだから~」みたいな声、私にまで聞こえたわよ」
「うーん……ルピナのじゃないもん。僕は、僕の〝僕〟だよ」
「それが分かっているなら、平気なんじゃない?」
「……え?」
「アレクは誰のものにもならないわよ。誰にも奪えないわ――だって、レンにもあげられないんでしょ?」
「…………うん、僕は僕を一番大事にするんだ。そうして誰よりも長生きすれば、次のレンファを待てるから」
母さんは僕の頭を撫でて「じゃあいたずらに怖がらず、堂々としていなさい」って言った。ふと、その優しい顔を見上げる首の角度が小さくなっているのに気付いて、僕はようやく「また身長が伸びたんだ」って思った。
来年の春には、ゴードン父さんより大きくなっているかも知れないな。クマになる日も近いぞ!
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