第5話 魔女を好きな理由

 レンファは、アレクシスという存在や僕という男に、良くも悪くも興味がないと思う。

 あの子は、相手が男でも女でも大人でも子供でも、化け物でも生き物でもなんだって関係ないんだ。

 僕は、レンファにだけは石を投げられるはずがないって分かっている。訳もなく罵られるはずがない、利用されるはずがない、殺されるはずがない、何かを奪われるはずもない。

 だって、僕にそこまでのことを起こすだけの興味がないからだ。


 僕と初めて会った時に良くしてくれたのだって、たぶん――ただケガをしているみたいだから、途中で野垂れ死なれても後味が悪いし、手当てしておこう! 程度の認識だったんじゃないかな。

 僕だから助けたんじゃなくて、きっと誰だろうが同じように助けたに決まっている。

 だから、僕に好きって言われても、深く感謝されても困ったんだ。レンファにとってはひとつも特別な行動じゃなくて、全部当たり前のことだったから。


 でも、レンファは僕の想いを否定しながら、また会うための目標を、名前の書かれたメモをくれた。この森で死なないように食べ物をくれて、道に迷わないように「番人に会え」と言った。

 このは、何も目に見える森の道だけじゃない。母さんと暮らすようになってから、それぐらいのことは分かるようになった。


 あの子はただ、小さな穴の中から見える世界しか知ろうとしない僕に「試しに外で生きてみればどうだ」って、ひとつの道を示してくれたんだろう。

 途方もなく続く僕の世界の道しるべ――そのひとつに、レンファ自身がなってくれた。


 面倒だから母さんに丸投げしたーなんて悪ぶっていたけど、それでも確かに僕を見て、気にしてくれているのが分かる。

 魂が死ねない呪いにかかって、何度も人と別れて、いつもレンファだけがこの世界に取り残されて。永く生きすぎた代償なのか、それとも、初めからそういう人間だったのかな?

 レンファは、人として重要な何かがごっそりと欠けている気がする。だけど、その欠けたモノを別の何かで必死に埋めて、なんとか生きているようにも見える。


 本当は、もう二度と人と深く関わりたくないはずだ。何せ、人と別れるたびに魂がすり減っていくはずだから。

 でもレンファは、僕から離れて行かない。きっと僕が諦めない限り、何度だって相手をしてくれる。

 これは自惚れでもなんでもなく、少しでも関わりをもってしまった僕から、もう自分の意志では離れられないんだ。


 ずっと孤独に生きてきた辛さを埋めるためなのか、どうにもできない永遠の寂しさをまぎらわせるためなのかは分からない。

 たぶん、僕が何をされても「仕方ない」って諦めて、生き延びてきたのと同じだ。

 レンファだっていくつも繰り返した人生の中で、ちょっとずつ寂しさを誤魔化しながら、ツギハギだらけで生きていくしかなかったんだと思う。


 決して自分からは進んで人に関わらない。誰かを欲しがりもしないけれど――でも、人に手を伸ばされたら跳ねのけられない。

 それはレンファの優しさじゃなくて、きっと心の弱さだ。ずっと1人で生き続けてきたけれど、だからこそ誰よりも深く、理解しているんだろう。

 人間は絶対に、一生1人きりでは生きられないってことを。


 あの子は僕を欲しがらないから、何も奪わない。だけど、僕の気持ちをこれからもただ真っ直ぐに受け止め続ける。

 いや、僕を受け入れてくれるかどうかは、また別の話だよ。


 でも、だから好きになった。

 優しいからじゃない、僕を1人の人間として存在を認識して、くれるから。僕を見るのに、何も見返りを求めないから。

 初めて会った時、あの真っ黒なキツネ目を見て、たぶん僕は直感的に気付いたんだ。目の奥に気持ちの悪い感情がひとつもないことを。

 そして、僕が好きと言った時に歪められた表情――その裏に、今にも折れてしまいそうな、脆い「助けて」を必死に隠していたことも。



 ◆



 僕は真っ暗な部屋で、細く息を吐き出した。

 思い出さないようにしていたことと向き合って、少しずつ乗り越えていく。すぐには無理でも、絶対に乗り越える。

 だって、ここからがなんだよ。乗り越えられないまま大人になったら、大変なことだから。


 ――いつかレンファが僕を好きになって、もしも男の役割を求められるようになったら、すごく困るんだ! だから絶対、それまでに克服しなきゃいけない。

 ああ、でも。なんか、レンファのことは可愛くて仕方がないから、大丈夫な気がしてきた。

 だって顔が近付いただけでドキドキして、手が触れただけでも幸せで――甘い匂いも、ふわふわの髪も大好きだ。あの子を気持ち悪いなんて、一度も思ったことがない。


 感情のない真っ黒な目の奥にが宿ったら、どうなるんだろう。ギュッとしたくてたまらなくなるかな?

 僕は途端にニマ~ッとして、布団の中で丸くなった。別に変なことを考えた訳じゃないけど、なんだか体がポカポカ温かくなる。

 どうしたって僕の汚れが消えることはないけれど、汚れも含めて僕なんだ。

 レンファにまで汚れが移ったらどうしようって怖さはあるけれど――きっとその汚れすら興味なさそうに、真っ直ぐ受け止めてくれるだろうから。


 ――冷たくて無関心で、温かくて寂しがりで、すごく歪な僕の魔女。

 やっぱり、ちゃんと死なせてあげたい。僕を助けてくれたように、助けてあげたい。

 例えあの子が僕より先に死んじゃっても、いつまでもこの森で、また戻って来るのを待ち続けたい。


 その時、僕が何歳になっているか分からないけれど、もう1回レンファと結婚できると思ったら、それはそれでラッキーかも知れないしなあ。

 なんでも良い方向に考えるべきだ。僕はどうしたってレンファを諦められないし、絶対に欲しいんだから。

 結婚するために必要なのは、僕の問題を克服すること。レンファに好きになってもらうこと。

 それ以前に、ちゃんと気持ちを伝えることかな。


 色んなことを知っているように見えて――いや、知っているからこそ? あの子もまた、自分の価値が分からなくなっているんだと思う。

 自分がどうして人に好かれるのか、どうして求められるのか。呪われて何百年も生きるような、人とは違う存在になってしまって。人に好かれる価値がないとか、そんな資格がないとか、小難しいことを考えていそうだ。


 そんな呪いも、一緒に解けたら良いのにな。

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