第8話 宿題の提出
レンの名前に使われているのと同じレフラクタ文字を見つけた、その次の日。
僕はいつも通り朝早くに起きて、家の周りの掃除をしながらワクワクしていた。
だって、ようやくレンの本当の名前が分かったんだよ! これでようやく、堂々とレンのところへ遊びに行ける!
昨日の晩セラス母さんに相談して、遊びに行くのにちょうどいいお土産はないか考えた。
そうしたら母さんが「食べるものには困っていないだろうし、レンは髪の毛が長いから――髪に塗る香油が良いんじゃない?」って教えてくれたんだ。
お洒落おばさんでビ魔女の母さんが言うんだから、間違いないと思う!
――母さんってば本当に、夜寝るとき以外は隙がないんだよ。朝起きてすぐにお化粧するし、寝ぐせもピシッと直しちゃう。
寝間着で一日中ウロウロすることなんて、絶対にない。爪の赤いマニキュアは毎朝塗って、毎晩お風呂の前に落としている。あんなの見ているだけで面倒なのに、よくできるなあって思う。
カウベリー村は結構ズボラなお姉さんが多かったから、余計に母さんがすごく見える。しかも母さん、本当に僕とゴードンさんぐらいにしか会わないんだよ? それなのに身だしなみがピシッとしているのは、凄いを超えてちょっと怖いくらいだ。
セラス母さんのお仕事は、この森の番人だ。
でも番人って言う割に森を守っている訳じゃあなくて、たま~にレンの『魔女の秘薬』を求めて訪ねて来る人が居たら、道案内するだけなんだって。
馬車の
いくらレンの中身がすごい長生きのお婆ちゃんだとしても、見た目は10歳の女の子だ。
例えクマみたいに魚を捕まえられたって、大人より体が強い訳じゃない。もし悪い大人に攫われて「一生『魔女の秘薬』を作れ!」ってどこかに閉じ込められたら――うん、すごく大変だ。
それに、大人の母さんが案内することで取引がスムーズになるんだってさ。
やっぱり魔女と言ったって、見た目が女の子じゃ信じてもらいにくいのかも。だって、子供の僕が真似して適当に作った泥にんじんを「魔女の秘薬です」って言っても――皆は、それが嘘か本当か分からないもんね。だからレンも同じなんだと思う。
色んな人に信じてもらうためにも、大人になるのって大事なことなんだな。
「アルー、お掃除終わった? 朝ごはんできてるわよ、早く食べてレンのところへ行っておいで」
「はーい!」
ニマニマしながらホウキで壁のホコリを落としていたら、家の扉が開いてセラス母さんに呼ばれた。
ああ、お腹空いた、今日の朝ごはんは何だろうな。
僕が初めてこの森に来た時は、まだ葉が緑色だったのに。気付けば秋も一層濃くなって、枯れた葉っぱに、葉が落ちて肌寒そうな木が増えた。
森からは風に吹かれて落ち葉が舞ってきて、家の周りは茶色く、踏みしめるとカサカサ音が鳴るようになったよ。
かなり空気が冷たくてピリッとしてきたし、もう冬はすぐそこまで来ている。
本当なら僕は、今年の冬を越せずに餓死か凍死していたはずだ。それがあったかい服を着せてもらって、お腹いっぱい食べさせてもらって嬉しいなあ。
ゴードンさんが新しくくれた帽子は、ニット帽って言う名前らしい。
母さんは赤色が好きだから、僕も赤を選んだ。「見ていると上がる色」って言っていたよ。でも、何が上がるんだろうな?
ニットは、羊の毛をよって糸にした『毛糸』で編んで作るものなんだって。フカフカであったかくて気持ちいい。
僕の目が眩しくないようにって、おでこの上のところにはツバもついている。
セラス母さんもゴードンさんもいっぱい僕のことを考えてくれるから、僕もよく2人のことを考えるようになった。
いつもたくさん助けてくれるから、僕もお返しがしたい。でも、子供の間は無理かな? 早く大人になりたいよ。
◆
「レンはかなり
セラス母さんはどこか遠くを見ながら、髪の香油と日持ちする干し肉、お茶の葉と小麦粉にバター、それに分厚い本――レフラクタ文字の辞典――を風呂敷に包んでくれた。
あの黒い風呂敷包みは、元々レンが僕に持たせてくれたものだ。
レンに貰ったものは全部持っておきたかったけど、母さんが言うには「貰ったものは倍にして返さなきゃダメよ」なんだってさ。
バタークッキーも果物もキノコも、全部セラス母さんと美味しく食べちゃったからなあ――そうだよね、ちゃんとお返ししなくちゃ。
「レンに渡したら、喜んでくれるかなあ」
「………………まあ、捨てはしないわよ。何でも大事に使う人だから」
「うわあ……」
母さんは頷いてくれなかったけど、でも平気だ。
だってあれだけ冷たくて落ち着いた子なんだから、僕みたいに何でも手放しで喜ぶはずがないのは分かっている。
「次もまた何か〝宿題〟を貰えると良いわね」
「うん? そうだね、また遊びに来て良いよって言われたら、すごく嬉しい! ……言われなくても、用を作って行くと思うけど!」
セラス母さんはちょっとだけ困ったように笑ったけど、でも「危ないから暗くならない内に帰って来なさいよ」って頭を撫でてくれた。
僕は色々包んで重たくなった風呂敷を背負って、母さんに「行ってきます」って言って家を飛び出した。
――ああ、早く。早く、君の名前を呼びたいな。
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