第10話 不死の魔女

 セラスさんは、優しそうでも悲しそうでもなく真剣な顔をして、ただ真っ直ぐに僕の目を見た。


「あの10歳の魔女も、ちゃんと歳をとるの。だから、アルだけ大人になることはないけれど……でも、きっとは死ねないわ。あの子は何度でも生まれ変わってしまうから」

「その生まれ変わりっていうのは、なんなの?」

「普通、人は肉体が死ぬとそれで終わりなのよ。もう二度と起き上がることはないし、記憶も何もかも失って、体から魂っていうものが抜け出て――魂だけで死後の世界へ行くの」

「……なんだか、すごい話だね」


 僕が首を傾げると、セラスさんは「そもそも目には見えない〝概念〟の話だからね」って肩を竦めた。ガイネンが何か分からないけど、たぶんオバケみたいなものなんだと思う。


 カウベリー村では、大人たちが「食べ物を粗末にすると潰した牛のオバケが出るぞ」って言っていたなあ。村の子たちは、オバケに会うと僕みたいに呪われるって話をよくしていた。

 ――僕は、食べ物を粗末にしたことなんてないんだけどな。

 まず、本当にそんなことで牛のオバケが出るなら、僕に向かって生卵を投げつけている時点で村の子は皆、呪われるよね。


「死後の世界へ行った魂は、生きていた間にどれだけ良いことをしたか、悪いことをしたかで、次に生まれる姿が決まるんですって。例えば、人間がもう一度人間として生を受ける確率はほんの僅かだと言われているわ。生前によっぽど善行を積んでなきゃ無理なの、諸説あるけどね?」

「……それが、生まれ変わり?」

「そう。死ぬと記憶も何もかもまっさらになって、また別の新しい生き物に生まれる。だから自分が前世でどんなことをしていたかなんて誰も覚えていないし、分からないの。アルにはアルの記憶しかないでしょう? アルのがなんだったか、覚えてる?」


 僕は首を横に振った。そんなの覚えてないし、考えたこともなかった。

 僕はただのアレクシスで、ただの子供で、カウベリー村に生まれて12年目ぐらいの、普通の人間。〝前〟なんて言われても、僕はずっとアレクシスだから困る。


「だけど、あの魔女は違うのよ。大昔に人から『死ねない呪い』をかけられてしまったの。肉体が朽ちても、魂が死後の世界へ連れて行かれても――気付くと、また新しい人間として生まれてしまっているんですって」

「死ねない呪い……」

「前の魔女は30歳半ばで亡くなったって言ったでしょう? ……彼女は前の人生でもこの森に住んでいたの。たぶん、その前も……そのずっと前も」


 前の魔女のことを思い出したのか、セラスさんは目を潤ませた。友達だったって言っていたから、きっと魔女が死んじゃった時はすごく寂しかっただろうな。


「……彼女が亡くなってから、試しにかえって来るのを待ったのよ。呪いの話はなんとなく聞いていたし、ずっとこの森を棲み処にしているなら、次の人生でもまた戻って来るんじゃないかと思って」

「それで……あの魔女キツネが戻って来たの?」


 セラスさんは泣くみたいに笑って「そう」って頷いた。

 セラスさんの話では、魔女キツネが戻って来たのは前の魔女が死んでから8年後のことだったらしい。魔女は8歳の女の子に成長してから、この森へ戻って来たみたい。たぶんこの世界のどこかに生まれて、今の魔女のお父さんお母さんも当然居るんだと思う。

 だけど、体は8歳でも頭の中は全然8歳じゃないから――きっと生き辛かっただろうな。


 セラスさんもあんまり詳しくは聞いていないみたいだけど、ずっと村の厄介者だった僕には、なんとなく分かる。そういう『皆と違う子』は、絶対に薄気味悪いって嫌われるから。

 村に生まれたのか街に生まれたのかは知らないけど、たった8歳で外へ出て、こんな森まで戻って来るなんてすごい。やっぱり頭が大人だから、1人じゃ生きられない僕なんかとは全然違うんだと思う。


「あの魔女は、本当に長生きしているみたいよ。はっきり聞いたことはなかったけど……700年前の古代レフラクタ文字を扱えるってことは、きっとなんだと思う」

「700年以上前から、ずっと生まれ変わっているってこと?」

「たぶんね。だから魔女も、アルと一緒に大人になるだろうけど……ちゃんと死ねるのは、アル1人だけ。呪いがある限り、魔女の魂はこの世界に取り残されるから」

「そっか――僕、誰にも愛されずに死ぬのは怖いって思っていたけど……たぶん本当に怖いのって、死ぬことだけじゃあないんだね」

「そうね。あの魔女は本当に、辛いと思うわ。例え誰かと友達になったって、いつも置いて行かれてしまうんだもの」


 セラスさんは話し終わると、干し肉の味がしみしみになった卵スープをこくりと飲んだ。僕もずっと握り締めていた干し肉をガジガジかじって――かじりながら、色んなことを考えた。


 魔女キツネがずっと10歳じゃないってことは、嬉しい。僕と一緒に大人になってくれるなら、ちゃんと恋愛ができそうだからね。

 でも、ううーん。確かに僕は、魔女とイケニエの悲しい恋物語に憧れていた。何度恋愛してもいつも好きな人が先に死んじゃって、不老不死の魔女は1人寂しく取り残される。

 ちょっと物語とは違うけど、魔女の魂も記憶も死なずに残るなら――魔女1人を残して僕が先に死ぬっていう夢物語は、叶えられるんだと思う。魔女が僕を好きになってくれればの話だけれど。


 だけど、本当にそんなことして良いのかな? やっぱり僕は、僕のことしか考えていないんだろうな。

 10歳の魔女キツネのことを思い出す。

 黒と白でできていて、ふわふわでキツネみたいに可愛い魔女。ムッとした顔か迷惑そうな顔の他には無表情しかないけど、ほんのちょっとだけ笑っているみたいな顔を見た時は、ドキッとした。


 初めて僕に優しくしてくれた子だから『好き』と勘違いしているだけって言われたけど――でも、魔女キツネよりももっとずっと優しいセラスさんと話していても、僕はドキドキしない。

 魔女とセラスさんじゃあ歳が違うからって言うのは、ヘンだ。だって僕は元々、不老不死の大人の魔女に愛してもらう気でこの森まで来たんだから。

 そもそも、もし本当に魔女キツネが700年前から生きているなら、セラスさんよりずっと年上の大人だ。だから歳は関係ない。


「うぅ~ん……セラスさん、やっぱり僕は魔女と友達になりたいし、結婚したいよ」

「え? あ――ああ、うん、それは良いことだと思うわ」

「悲しい恋物語はとても魅力的だけど……でも僕は、好きな子を残して悲しませたくない。だから、僕が呪いを解いてあげようと思う」

「か、悲しい恋物語? よく分からないけど……そうね、あの子の呪いが解けたら素敵よね」


 何度も頷いてくれるセラスさんに、僕は嬉しくなって笑った。


「700年も苦しんでいるならきっと簡単じゃあないと思うけど、色んなことを勉強して魔女を助けてみるよ。だからセラスさん、僕に色んなことを教えてくれる? あと次にゴードンさんが来たら、体の鍛え方も教えてもらいたいんだ……弱っちいままじゃあ、魔女に好きになってもらえないから」

「アル……でもアルは――いいえ、そうよね。アルは男の子だものね」

「そうだよ、僕、男の子なんだ。だから男の子の服が欲しいな」


 やっと分かってくれたんだと思って胸を反らしていると、セラスさんが「でも、スカートも可愛いから何着か買いましょうね」って笑った。

 ――やっぱり、全然分かってないじゃないか! これも全部、僕が痩せウサギだからだ……!

 すぐにでもクマみたいになって、魔女を助ける方法を探さなくちゃ。そう言えば、もしかして魔女が〝ゴミクズ〟を集めていることと呪いは関係があるのかな? なんだかそんな気がする。


 魔女の名前を調べて、体を鍛えて――僕も、ゴミクズを集めてみよう。そうして呪いのことも調べて、魔女を助けてあげたら?

 ふっふっふ、もう、結婚しかないよね! やっぱり、仕方ないから僕が結婚してあげなくちゃいけないみたいだ!


 僕はなんだか楽しくなって、残りの干し肉を全部飲み込んだ。

 久々にお腹がいっぱいになるまで食べた美味しい料理と「誰かと一緒に食べる」っていう時間は、すごく幸せだった。

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