第9話 これからの話
卵のスープも美味しかったけど、バターを吸い込んだ芋もすごく美味しかった。
ただの芋はシャキシャキしていて、噛むとポクッとかシャリッとか音を立てて割れる。でも『ふかし芋』はホクホクして柔らかい。割れるんじゃなくて、歯を入れた形にぐにゅにゅーって潰れていく感じ。
噛めば噛むほどバターの香ばしい匂いが口の中に広がって、セラスさんの言った通り、熱々のお芋にバターをのせて食べるのは最高だ!
僕はもう、ご飯を食べている間ずっとニマニマするのが止まらなくて、おかわりのスープを飲み干して――セラスさんが「もうひとつお食べ」って言ってくれて、バター吸い込み芋もおかわりした。
すごく美味しいから、いくらでも食べられるよ!
「ぅぬふぅん……」
――と思っていたんだけど、ふたつめの芋を半分食べた頃にはお腹がパツパツで苦しくて、噛むスピードが一気にゆっくりになっちゃった。
こんなに美味しいのに、しかもまだ干し肉が残っているのに! スープのおかわりもまだしたいのに!
僕は椅子に座ったまま体をいごいご動かして、苦しくなったお腹がどうにか元通りにならないか試した。だけど、無理そうだった。
それでもなんとか食べかけの芋を全部口の中に放り込んで飲み込むと、お腹の奥の方から何か上がってきて口からケプッて音が出た。
セラスさんはおかしそうに「アル、お腹いっぱいなんでしょう」って笑う。
お腹いっぱい――お腹いっぱい、かあ! すごいな、こんなにいっぱい食べたのは久しぶりだ。
いくら森で採れるものを自由に食べられるって言っても、葉っぱや木の実だけじゃ、なかなかお腹がいっぱいにならない。
しかもあんまり食べ過ぎると、売り物がなくなるって村の人から怒られる。いつまでも森の中を探していると、今度は家の手伝いをする時間が減っちゃうから、母さんたちに怒られる。
「干し肉を炙るの、2枚だけにしておいて良かったわ。無理せずによく噛んで食べなさいね? もし残ったら私が食べるし、明日また出してあげるから」
「うん……でも命だから、ご飯は絶対に残さないよ」
「――ウグゥッ……! アル、なんて偉いのォ……!!」
「セラスさん、すぐ泣くし、すぐ唸るね……」
僕は言いながら干し肉に手を伸ばした。炙ってからちょっと時間が経ったから熱々ではないけど、まだ温かい。
干して乾燥していても、やっぱりお肉だから中に脂が残っているみたいだ。火にかけると脂の焼ける甘い匂いが強くなって、たまらない。まるで、さばいてすぐの肉を焼いたみたいな匂いだった。
でもかぶりつくと、やっぱり生の肉とは全然違う。すごく硬くて、ガジガジ噛んだら美味しい脂がじわじわ広がる。なかなか噛み切れなくて一生懸命ガジガジしてると、ブチッてちぎれた。
それを口の中で何回も噛んで、味がしなくなるまで噛めば――その頃には、ちょうど飲み込めるぐらいの大きさまで縮んでいる。
お腹いっぱいだったけど、やっぱりお肉は美味しい! 僕は夢中になって干し肉をガジガジした。
でも、ふと僕ばっかり食べているような気がして、セラスさんを見る。セラスさんは硬い干し肉を卵のスープに浸して、ふやふやにしようとしているみたいだ。
あれは肉の味がスープにもうつって、すごく美味しそうだ。しかも硬い肉がふやふやになって食べやすい。やっぱり大人だから、色んなことを考えるんだなあ。
干し肉をガジガジしながらセラスさんを見ていると、ふわって笑われた。笑うと牛みたいに優しい目がとろんと垂れて、なんだかムズムズする。
「アルは、これからどうしたいの?」
「え? うーん……この森に住みたいんだ」
「そう。どうしてか聞いても良い?」
「どうして……えっと――あの魔女と仲良くなって、離れたくないから?」
「魔女とお友達になりたいの?」
「友達かあ。そうだなあ……うん。まずは友達になって、大人になったら結婚したいんだ」
セラスさんは目を丸めてから、小さく笑った。「女の子同士じゃムリよ」って言われたけど、僕男の子だしなあ。早く男の子の服が欲しい。
セラスさんはしばらくおかしそうに笑っていたけど、落ち着いた後にこくりとスープを飲んで、器を机に置いた。
「私は、魔女と……ううん、
「前の魔女? 今の魔女の師匠ってこと?」
「まあ……ちょっと違うけど、実質そんなところかしらね――魔女は、絶対に死ねないのよ」
「えっ。じゃあ……やっぱり魔女は不老不死? あの魔女は、ずっと10歳の女の子なの?」
僕はびっくりして聞き返したけど、セラスさんは首を横に振った。そして、なんだか今にも泣きそうな目を伏せて言う。
「歳をとるし、ケガや病気をすれば死ぬわ。私の友達だった前の魔女は、30歳半ばで死んだ……でもね、死ねないのよ」
「……どういうこと?」
「何度も何度も、記憶を残したまま全く別の人間に生まれ変わってしまうんですって。そういう〝呪い〟だって言っていたわ」
「生まれ変わり――呪い? よく分からない……」
僕はセラスさんの言っている事が全く分からなくて、気付けば干し肉を噛むのをやめて手で握り締めていた。
なんだかよく分からないけど、でも――魔女が僕の〝呪い〟って言葉にすごく怒った理由がそこにある気がして、じっとセラスさんを見つめた。
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