第8話 着替え

 魔女の家には鏡がなくて、自分ではどんな髪型になったのか分からない。でも魔女が満足そうだから、きっと少しはまともになったんだと思う。


 魔女はさっさとハサミを片付けると、どこからともなくホウキとチリトリを持って戻ってきた。

 床に山盛りになった髪の毛を掃くみたいだったから、それぐらいはやらせてもらおうと思って試しに手を出してみる。すると、すり鉢の時と違って今度は普通に渡してくれた。


 ――まあ、さっきのアレは塗り薬を作っていたんだから、それは何も分からない僕に任せられるはずがないよね。ゴリゴリするのって楽しそうだけど、別に遊んでいる訳じゃないんだもん。


 それにしても、さっきまでは少し動いただけで体中ヒリヒリしていたのに、気付けば全然ヒリヒリしなくなってきた。ただ痛いのに慣れただけかなって思っていたけど、もしかしたら魔女の薬がすごいのかも。

 薬師のおばあさんが「治せない」って言っていたジェフリーの病気も『魔女の秘薬』で治るみたいだし。


「集めるだけですよ? くれぐれも外に捨てないでくださいね」


 魔女に言われて、僕は頷いた。こんなもの何に使うのか全く分からないけど、でもこの〝ゴミクズ〟は魔女に渡したお金だ。だから勝手に捨てるなんてできない。

 僕は大きなバスタオルを体に巻き付けたまま、ホウキで髪の毛を掃き集めた。本当に頭が軽くなったし、体まで軽い気がする。実際これだけの髪を切ったんだから、体の重さだって変わっているんだろうな。


 全部チリトリの中に集め終わると、今度は魔女が布を持ってきた。布というか、たぶん服だね。僕が着ていたものは全部ゴミクズとして貰うって言っていたし、代わりの服を持ってきてくれたんだと思う。1日に2回も新しい服を貰えるなんて、夢みたいだね!


 ――でも、どうしてだろう? 魔女は気まずそうに目を逸らしながら、僕に服を差し出した。


「――ええと……ごめんなさい」

「え?」


 いきなり謝られて、僕は首を傾げた。訳も分からないまま差し出された服を受け取って広げると、それはとっても綺麗で可愛いワンピースだった。魔女が今着ているのと似ているかも知れない。同じ黒色だし。


 じっと眺めていると、広げたワンピースの間に挟むように包まれていたものが、はらりと床に落ちる。

 目を落とせば、それは見るからに女の子用の白いパンツで――よく分からないけど、「これは見ちゃいけない」って気持ちになった。僕は慌ててパンツを拾って、もう一回ワンピースで包んだ。

 そうしてワンピースを手に持ったまま、僕は必死で考える。


 ――なんで、女の子が着るような服とパンツを渡されたんだろう?

 もしかして魔女、僕が男の子だって分かってない? いやでも、僕ずっと裸だったし、魔女も平気な顔をして見ていたし――あ! ずっと1人で暮らしているから、そもそも男と女の身体の違いが分かってない!? 僕みたいな女の子も居るって思っているのかも知れない。


 不老不死の大人の魔女なら男の人にも詳しかったんだろうけど、でもこの魔女はまだ10歳だからなあ。お父さんの裸も見たことないとか? じゃあ何がついていて何がついてないかなんて、分からなくてもおかしくないか。


 ――仕方ないな、ここは年上の僕が教えるよ! 僕は一旦ワンピースを机の上に置くと、体に巻いていたタオルを両手で広げて、ドンと仁王立ちした。


「ごめんね、魔女! 実は僕、男の子なんだ!」

「…………いや、知っていますよ。何を露出狂の変態みたいなことしているんです、バカじゃないですか?」

「――えっ!? は、はわっ……」


 今まで生きてきた中で一番冷たい目で見られて、僕はなんだか、足の間が縮み上がるような心地になった。

 広げたばかりのタオルをいそいそと体に巻き直すと、魔女が大きなため息を吐き出したから、それでまたヒュン! って縮み上がった。


「男だと分かっているから「ごめんなさい」って謝ったんでしょう? ウチに女物の服しかないことをすっかり忘れていました……本当に申し訳ないですけど、コレを着て街なり村なりに行ってもらえますか? ――嫌なら全裸で」

「えぇっ……スカートか裸の二択なの……」

「二択です。君に頂いた服は、もう使ってしまっていて……でも平気ですよ。君自分では気付いていないでしょうけど、まるで女の子みたいに綺麗な顔立ちをしていますから。例え女装して街へ行ったとしても、そういう趣味の主人に虐待された、可哀相な奴隷にしか見えませんよ」

「そういう趣味が、どういう趣味か分からないよ……」

「今は正直ただの汚れた骨ですけど、ポテンシャルだけは高いです。だからきっと、良い主人に巡り合えると思います」

「汚れた骨なんだ……」


 魔女は僕を叩いたり苛めたりしないけど、でもやっぱり一番怖い。どうしてだろう――いや、もしかするとこれも苛めている内に入るのかな?

 じっと魔女の目を見ていると、何となく怖い理由が分かった。

 魔女は良くも悪くも僕に興味がない。僕と話しているように見えてもただ人間と話しているだけで、僕とは――アレクシスとは話してくれない。

 村の人たちは僕をすごく嫌っていたけど、アレクシスとして見てくれていた。でも魔女にはそれがない、だから怖いんだ。


 怖いけど――でも僕、この子と一緒に居たいな。だっていつか魔女が僕を見てくれるようになったら、それってすごく愛されている感じがするから。

 それにこの〝目〟は、すごく安心するから。

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