第7話 アルビノ

 水気を含んだ重くて長い髪がどんどん短くなっていって、足元には真っ白い髪が山盛りになっている。

 一気に頭が軽くなって――さっき魔女にハサミで叩かれたところは痛いけど――浮かれていると、魔女がぴたりと手を止めた。


「――もしその赤い目が気になるなら、前髪は長いまま残しておきますけど……」

「目? うぅーん……」

「この際ですからはっきり言いますけど、その目も髪色も呪いではありません。〝アルビノ〟という、色素欠乏症――ただの遺伝子疾患です。だから村へ戻らずに街へ行くと言うなら、わざわざ隠す必要はないと思いますよ。珍しいことには違いありませんが、嫌われるようなものではありません」

「アルビノ? それは何? 呪いじゃないって、どういうこと……?」


 僕は生まれてからずっと、村の人に「呪いだ」って聞かされてきた。なのに、呪いじゃない?

 どうしてそんなことを言うのか分からなくて、後ろに居る魔女を振り返る。すると、ちょっとだけ眉根を寄せて「本当にガリガリですね」って言われちゃった。

 長い髪の毛がなくなったから、もしかすると今まで以上にもっとみすぼらしくなったのかも。


「君の村には他にアルビノが居なかったのかも知れませんが、世界を探せばいくらでも同じ特徴をもつ者は存在します。君だけがじゃないんですよ、先天的な疾患――いえ、生まれ持った個性のひとつです」

「個性……僕の他にも、生まれつきこんな見た目の人が居るの?」

「ええ。まあ、人でここまで鮮やかな赤目になるのは珍しいですけどね。普通アルビノは、虹彩の色素も薄くなるはずですから」

「――僕だけじゃ、ないんだ」


 魔女の話を聞いて、僕はちょっとだけショックだった。

 12年間「呪いだ」「化け物だ」って言われて嫌われ続けてきた。でも、ずっと仕方がないって思っていた。本当に呪われているって、他でもない僕がそう思っていたんだ。

 でも、生まれつきの白髪も赤目も僕だけじゃないって聞いたら、なんだか――今まで我慢して諦めてきたことって、なんだったんだろうって。


 それに、例え魔女の言う通りだったとして――やっぱり「皆と違う」のは、気持ち悪いと思うんだ。世界中を探せば他にも居るって言ったって、今この場に居てくれなきゃ、ひとつも意味がない。

 だってカウベリー村に僕みたいなのは居なかった。他に居ないんだから、きっと普通の人からすれば、こんな人間は怖いに決まっている。


 僕はただのアルビノなのかも知れないけど、でも「皆と違う」っていう呪いにかかっているのは、変えようのない事実なんだと思う。だから、どうしたってカウベリー村には戻れないし、父さんにも母さんにも、弟のジェフリーにも二度と会えない。


「――うん、前髪も切っていいよ」

「分かりました。これを切り終わったら炎症止めの飲み薬を処方しますから、飲んでくださいね」

「……それも痛い?」

「飲み薬が痛いはずないでしょう。……飲み終わったら出て行ってください」


 魔女にハッキリと言われてしまって、僕は黙り込んだ。

 どうにかして魔女と仲良くなれないかな? だって、村に戻れないからって知りもしない街へ行く気もない。街へ向かっている途中で1人寂しく死んじゃうくらいなら、このまま魔女に食べてもらいたいから。


「――あっ、分かった! 飲み薬を飲まなければ、出て行かなくても良いんだね……!?」

「ほぉ……また薬湯に入るところから全部やり直しましょうか?」

「ご、ごめんなさい、飲みます」


 もうあんなに痛い思いをするのは絶対に嫌だ。村の大人たちに寄ってたかって叩かれるよりも痛かった――特に、お風呂上がりの塗り薬は。

 僕がまた黙り込むと、シャキンとハサミの鳴る音がして、目に掛かっていた前髪がなくなった。お陰ですごく世界が見えやすくなって、間近で真剣な表情をしている魔女はやっぱり可愛い。村で一番可愛いって人気だったサーシャよりも、ずっと可愛いと思う。


「……魔女は、キツネみたいで可愛いね」

「――褒め言葉のつもりなら、改めた方が良いですよ。キツネと言われて喜ぶ女性はあまり居ません」

「えぇ!? でも、キツネは森で一番可愛いよ! 毛皮はふかふかの尻尾はふわふわで、目はぱっちりしているし、鳴き声だって高くて可愛いんだ。だから僕は、キツネが一番好き」

「そうですか」

「魔女はどんな動物が好き? 僕、魔女と仲良くなりたいから、頑張って魔女に好かれる男の子になるよ!」

「……君は動物から離れられないんです?」


 魔女は大きな瞳をじっとりと眇めて僕を見た。そうしてしばらく考え込んだあとに「クマみたいな人」って言われて、僕は落ち込んだ。

 だってクマは、体が大きくて太っていて、強い――ガリガリでいつ死んでもおかしくない僕とはまるっきり正反対だ。ちょっとやそっと頑張ったくらいじゃあ、ああなれそうになかったから。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ※実際、人間のアルビノは瞳の虹彩が必ずしも赤ではなく、青や灰色が多いらしいです。人で赤目に見えるのは写真の撮り方によるものが多いのだとか。

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