第9話 アレクシスのお願い
――うん、やっぱり僕は魔女と一緒がいい。
「魔女が僕をドレーにはしてくれないの?」
「……奴隷の意味、分かって言っていますか?」
「分かってない……でも僕、頑張ってクマみたいなドレーになる。だから、ここに居たらダメ?」
「ダメです。それに君はクマみたいにはなれません。将来クマみたいになる人は、子供の頃からちゃんとクマみたいなんです」
「子供の頃から、ちゃんとクマみたいなんだ……それは困ったなあ」
魔女にすげなくされても、僕は諦めきれなかった。
もう、魔女と僕の「悲しくも美しい恋物語」なんてどうでも良い。僕はほんの少し話しただけで、魔女のことが好きになっていたから。
だって僕がただの〝アルビノ〟で、呪われていないなら――全く好かれていないけど、嫌われてもいないなら。一緒に居たいし、これから愛して欲しい。
魔女はキツネみたいで可愛い――じゃなくて。全然キツネみたいじゃない、ということにしておいたとしても可愛いし、子供なのに1人で暮らしているのも、薬を作っているのも偉い。
優しいかどうかはちょっと分からないけど、わざわざ汚い僕の手当てをしてくれた。お風呂も薬もすごく痛かったけど、きっと痛い分だけよく効くに違いないよね。
「ねえ、だけど……魔女は僕を助けてくれたんだから、お礼をしなくちゃ」
「謝礼なら頂きましたよね? 着ていたボロと、あなたの髪の毛」
「でも、僕は村のゴミクズに選ばれたのに」
「……本当に、何か悪い夢でも見ているみたいですよ。あまりにも文明から遠いというか、退化の一途を辿るしかない哀れな村なんでしょうね。あなたは抜け出せて運が良かった、それだけの話でしょう?」
魔女は、どうしてこんなによくしてくれたんだろう? 僕はお金を持っていないし、よくしてくれても返せるものなんて何もないのに――そもそも魔女は、どうしてゴミクズなんかを集めているんだろう。
なんでも治せる魔女の薬なら、本当はとんでもないお金が必要になるはずだ。
それなのに、薬師のおばあさんでも無理だったジェフリーの熱を治す魔女の秘薬の代金は、僕だった。いや、〝僕〟どころか着ていた服と切った髪の毛なんかで満足しているみたいだ。
父さんは「魔女の言う
僕の住んでいたカウベリー村では物々交換が当たり前だった。だから、村の外へ出ない人はお金なんて持っていても仕方がない。お金は街へ行って初めて使えるものだからね。
でも魔女の家にはカウベリー村だけでなく、街からも人が来るみたいだ。それなら、ゴミクズよりもお金の方が嬉しいに決まっている。お金じゃなくても食べ物や綺麗な服の方が良い。それなら、後で他のものと交換できるでしょ?
――だけど、きっと魔女には魔女の、欲しいものがあるんだろうな。
人から見たらゴミクズでも、魔女にとってはそうじゃないのかも? そうだとしたら、僕はその手伝いがしたい。
「ねえ魔女、僕ゴミクズを集めるドレーになるよ! それでもダメ?」
「……ゴミクズを集める? ハウスキーパーにでもなるおつもりですか?」
「ハウスキーパーは分からない! でも魔女は、たぶん色んな〝ゴミクズ〟を集めているんだよね? 薬のお代はゴミクズなんでしょう?」
「それは……確かに、私1人で集め続けたところで――いや、でも」
今まですぐに「ダメ」って言っていた魔女が、ちょっとだけ目を伏せて、初めて悩んでいるように見えた。それでも、やっぱり表情はほとんど変わらない。
このまま必死にお願いしたら、なんとか家に置いてくれないかな? 僕は、何も答えない魔女に焦って続けた。
「僕、魔女のことが好きになったみたいなんだ! だからこれは……年上の命令じゃなくてお願いだ、一緒に居させて? それで、もしよければ僕のことも好きになって欲しいな……」
生まれて初めてした僕の告白に、俯き気味で悩んでいた魔女はパッと弾かれたように顔を上げた。だけどその顔からはもう悩みなんて消えていて、すごく冷たい――何を考えているのか分からないような目をしている。
魔女は返事せずに黙り込んだまま、お風呂がある分厚いカーテンの向こうへ消えて行った。ちょっとしてから戻ってくると、ものすごい色をした泥の入ったコップを手に持っていた。
「炎症止めです、飲んだら出て行って」
「えっ……でも、僕、魔女が――」
「出て行って。君のそれは『好き』の中でも一番タチが悪い。雛鳥が生まれてすぐに見たものを親と認識する、刷り込みと同じです。ずっと虐げられてきて……それで私に初めて構われて、嬉しくなっただけ。違いますか?」
魔女の冷たく突き放すような話し方に、僕は考えた。考えた結果、正直に頷いた。
「違わない……」
魔女の言う通りだ。僕は深く考えずに、ただ魔女が僕を1人の人間として扱って、話してくれたから――それが嬉しくて、好きだと思った。言われたことを認めて頷くと、なんだか僕は凄く情けないことを言っているような心地になった。でも、どうしてか魔女はちょっとだけ表情を和らげた。
もしかすると、変に嘘をつかず正直に話したからかも知れない。
「君は、ただ君を見てくれる人間なら相手が誰だろうと構わないんですよ。我が子を生贄に差し出すような愚者でも、血肉をすするような魔女でも」
「……でもたぶん魔女は、すすらないよね」
「すすりませんけど……ずっと閉鎖的な村に押し込められていて、君の価値観はこり固まっています。だから、もっと広い世界へ行って見識を広げなさい。そうすれば本当の『好き』が分かるようになるから」
「魔女は10歳なのに、言うことが難しいよ……僕の『好き』じゃダメなの?」
「……10歳でも魔女ですから。それに私、人を好きになれないんです。だからそんなことを言われても困ります」
僕は、じっと魔女を見た。魔女も僕を見ていて、やっぱり可愛くて好きだなって思う。この『好き』が普通じゃなくても、全部なかったことにするのはもったいない気がした。
だから、一生懸命考えた。一緒に住むのはダメでも、好きになってもらうのが難しくても――せめて友達ぐらいにはなれないかな。
魔女は「アルビノは呪いじゃないし大きな街へ行けば平気」って言うけど、12年間ずっと苛められてきたから、どうしても信じられない。街は村よりも人が多いだろうし、もし街の人全員に嫌われたら僕はどうなるんだろう。
魔女は普通に話してくれるから大丈夫だけど、人の多いところは嫌だ。
――例えば、魔女の家がダメならこの森に住むのは? ここならきっと、人も少ないと思う。代わりに動物は多そうだけどね。
「ええと、じゃあ、この森に住んじゃダメかな……? それで、たまに遊びに来るのは……?」
「本当に、諦めの悪い――でもまあ、そうですね。この森は誰のものでもありませんから、住みつくのは君の自由だと思います。ただ、用がないならウチには絶対に来ないで欲しいですけど」
「うわあ、本当に!? 分かった! じゃあ、たくさんケガしてお代の〝ゴミクズ〟を持ってくれば用事になるよね!? いっぱい持ってくるから待っててね!!」
僕は嬉しくなって、魔女から貰った泥を一気に飲み干した。飲み干すのと同時に頭の後ろ側を平手で叩かれたけど、ハサミと違って全然痛くなかった。
どちらかと言えば、とんでもない味わいの泥から受けた衝撃の方がずっと大きかったしね。
「ンぬっふぅ゛ッ……ま、魔女、これ何が入ってるの……? 凄く目が回る感じだ――」
思いきりむせた後に何が入っているのか聞いたら、またにんじんだった! もう二度とにんじんなんて食べたくない。
気付けば僕の怖いものは、愛されないまま死ぬことよりも魔女と〝にんじん〟になっていた。
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