第3話 遭遇

 俺──九条奏太くじょうかなたの人生において、大きなターニングポイントがあるとするならば、それはきっと今だろう。


 生まれて初めて告白‥‥‥ではないが、半分告白のようなものをされた。

 あとは、俺が九十九回分の告白をすれば晴れてカップル成立。今はまさにそんな状態である。‥‥‥ちょっと意味分かんないね。うん。


 何はともあれ、そんな甘い話があるだろうか? 

 例えば、不良に絡まれているところから助けた的な‥‥‥そんなイケメンエピソードの一つでもあれば話に整合性が取れただろう。


 だが、生憎と俺が人に感謝される何かをした覚えはないし。

 女子から一方的に好かれるルックスをしているわけでも、自慢できる特技があるわけでもない。


 だいたい、霧矢花蓮きりやかれんの見てくれはずば抜けて良いのだ。いやまじで。黄金比率といっていいパーツの配置。アーモンド型の少しキリッとした目元。潤沢を帯びた黒髪は、腰に届くほど長く、枝毛の一つも見当たらない。


 欠点を挙げるなら、胸がほとんど無いことくらいだ。


 そんな彼女と、顔面偏差値中の中(妹曰く)の俺では不釣り合いがすぎる。どうして俺なんかと‥‥‥。


 ‥‥‥はあ、訳わからねえや。


 ああもう、思考がめちゃくちゃだな。疲れてきた。


「ゲーセンでも行くか」


 テスト勉強する気にもなれず、俺は脳内をスッキリさせるために、ゲームセンターに立ち寄ることにした。



 ◇



 小一時間ほど、時間を潰し、俺は今度こそ帰路につく。


 十五分ほどかけて、慣れ親しんだ道を歩く。すると、我が家の頭角が見えてきた。


「え?」


 あと、一分とかからずに家に到着する距離になってから、俺はパタリと足を止めた。

 口からは、反射的に一音漏れてしまう。


 とっさに、近くの電柱の影に身を潜める俺。


 ひょっこりと顔だけ出して、目の前の不可解な現状を再度視認する。やっぱり見間違いじゃないよな‥‥‥? 


 あの、黒髪ロング。芸能人並みに整った顔。小ぶりな胸に、すらりとしたモデル体型。


 あれはどうみても、霧矢花蓮きりやかれんその人だった。


 一体全体、どうして彼女が俺の家の前に居るのだろう。

 この不可解すぎる状況に、頭の理解が追いつかなかった。


 彼女は、インターホンの前でウロウロしたかと思えば、今度は途端に周囲に気を配り始める。

 その一挙手一投足は、不審者そのものだった。


 危なく見つかりそうになり、俺は電柱と一心同体になる。ふぅ、あぶな‥‥‥って、なんで俺が隠れてんだ‥‥‥。


 霧矢はひとしきり、挙動不審な態度を見せたあとで、唐突にバッグを漁り始めた。


「‥‥‥手紙?」


 手紙らしき物を取り出すと、ポストへと近づく霧矢。だが、ポストに投函する直前で固まってしまった。

 どうやら、手紙を投函しようか迷っているらしい。この距離からでも悶えているのがわかる。


 ──よし、声をかけよう。


 このまま黙って見守っていても仕方がない。俺は、行動を起こすことにした。

 なんで俺の家を特定しているのかも知りたいし。


 俺は電柱から姿を現し、霧矢の元へと歩を進める。

 それから間も無くして、彼女は俺の存在に気づいた。


「な、なんで‥‥‥ここに‥‥‥!?」


「いや、ここ俺ん家だからな。霧矢の方こそ、なんで俺ん家の前にいるの?」


 単刀直入に質問する。


「そ、それは‥‥‥。その、う、上手くあたしの言いたいことが伝わってなかったみたいだから、訂正しとこうと‥‥‥」


「‥‥‥? どういうこと?」


 言っている意味がよくわからない。

 俺がハテナ顔を浮かべていると、霧矢はふいっと顔を背けて続けた。


「ふ、ふんっ。どういう意味か知りたいなら、あたしに告白することね」


「はぁ? なんだそりゃ」


「こっから先は有料サービスならぬ、告白サービスなのよ。だから、告白しないと続きは聞けないわ」


「造語を作るな。お前、自分がめちゃくちゃな事言ってるの自覚してる?」


「自覚してますけど、なにか?」


「開き直ってんのかよ……」


 俺は軽くため息を吐く。

 まあいいか。このままじゃ話が進まないし。


「俺と付き合ってください」


「棒読みすぎるんですけど」


「告白は告白だろ?」


「二回目にして場慣れしてるのがムカつく! もっと官能的に告白しなさいよね!」


「なんでエロくしねえとダメなんだよ」


 思わず頭を抱える俺。

 こいつと話してると、頭が痛くなりそうだ。そういや、前にもこんな経験があったような‥‥‥。


「‥‥‥って、逃げんなコラ」


 俺がちょっと目を離した隙に、そそくさと足早にこの場を立ち去る霧矢。


 追いかけようにも、すでに彼女の背中はだいぶ小さくなっている。今からじゃ追いつくのは困難だろう。


「あいつ足はえーな‥‥‥」


 後ろ姿を目で見送りながら、独りごちる俺だった。

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