第2話 一回目の告白
「俺と付き合ってくれ
人生で初めて告白というものをした。
視界が狭くなり、心臓の鼓動が耳に響く。
じんわりと汗がにじみ出る感覚があった。告白ってのは、案外緊張するものらしい。
綺麗に頭を下げ、右手を差し出した先にいる少女──霧矢花蓮からの反応を待つこと数秒。
いまだ、彼女からの返答はない。まあ、結果はわかっているけどな。
一応おさらいしておくと、俺は彼女に言われたから告白をしている。
── 一〇〇回告白してくれたら、付き合ってあげてもいいわよ
詰まるところ、今回霧矢からの返事は決まっているのだ。
百回目に告白を受け入れるのであれば、それまでの九十九回はすべて断るということ。ちなみに、なぜ霧矢に告白したかといえば、それがこの場をやり過ごすのに最適だと思ったからだ。
どういう事情かは知らないが、霧矢は俺に告白をさせたいらしい。だったら一回くらい、告白してやろうと思ったのだ。
まぁ兎にも角にも結果は見えている。
当然、俺の右手に触れる体温などあるはず‥‥‥
「は、はい。喜んでっ!」
‥‥‥あれっ?
なんかめっさ思いっきり握られているんだけど。
少し冷たい手の感触がびしびし伝わるんだけど。
俺はゆっくりと顔を上げる。そして視認した。
「な、なにしてんだよ。告白オッケーしちゃダメだろ‥‥‥」
「あ、えと、そ、そうね。もちろん断るに決まってるわよ。だ、誰があんたなんかと付き合ってあげるもんですか。べーっだ」
霧矢は目の下を指で引っ張って舌を出してくる。子供か。
「じゃあ、手を離してもらっていいか?」
「いやよ、死んでも離さないわ」
「お前、自分でなに言ってるかわかってる?」
「ええ。こう見えて客観視するのは得意なの」
「なら、このまま霧矢が俺から手を離さなかったらどうなるか教えてくれ」
「食事の時も、お風呂の時も、寝る時も、トイレの時もずっと一緒にいることになるわね。そして最後は一緒に火葬場で焼かれることになるわ」
「生涯を誓い合った夫婦以上の関係なんだが」
「やむを得ないわね」
「やむを得るんだよバカ。お前、ホントに頭おかしいんだな」
「あっ‥‥‥。な、なんで離しちゃうのよ!」
俺の方から霧矢の手を振り払う。
再び、霧矢が俺の手を握ろうとしてきたので、さっと避けた。
「一応再確認しておくが、お前は俺のこと好きではないんだよな?」
「もちろん、これでもあたし面食いだから。イケメン以外お断りなの」
これでもって‥‥‥見たまんまじゃねえか。いかにもアイドル大好きって感じだ。
「そのくせ、俺があと九十九回告白したら付き合うんだよな?」
「そう言ってるじゃない。だから、さっさと残りの九十九回告白することね」
霧矢は、早く告白しろと言わんばかりにクイクイと人差し指で挑発してくる。
こんな頭のおかしい奴がうちの学校にいたとは‥‥‥。これまで気づかなかった自分が情けない。
嘆息ひとつ。
俺は彼女の挑発を無視して、踵を返す。
「ちょ、どこ行くのよ?」
「帰るんだよ。お前のせいで頭痛くなってきたし」
「告白は? まだ終わってないでしょ?」
「あーえっと、また今度な」
「今日がいいんですけど」
ジト目を向けてくる霧矢。
「こっちにも予定があんの。これでもスケジュール帳は真っ黒なんだ」
「はあ? どうせ家に帰って、ゲームするか積んであるラノベ読むだけでしょ。忙しいの対極にいるのがあんたじゃない。ちゃんちゃらおかしいわね」
「おいどこから漏れたんだよ、俺の私生活」
「ふふんっ。企業秘密よ。まあそうね、あと九回告白してくれたら教えてあげないこともないけど」
「妙竹林な条件出してんじゃねえよ。同じこと何回もやらせようとすんな」
しかし。
俺の私生活の情報をどうやって仕入れてんだこの女。いや、俺の私生活なんて誰にでも予想できるレベルだし、適当を言ってるだけかもしれんが。
ともあれ、今あと九回告白すればその理由を教えてもらえるのか。うーん‥‥‥。帰るか。
「‥‥‥え、ホントに帰るの? だ、だったらあたしも一緒に帰るっ」
「俺、一人で帰りたい派なんだ。悪いな」
「あたしは誰かと一緒に帰りたい派なの」
「じゃあ、他のやつと一緒に帰ってくれ」
「なんでそんないじわる言うの? 優しくない男はモテないわよ」
「余計なお世話だ。大体、今日が初絡みのやつと一緒に帰るとか地獄すぎるんだよ」
なぜか、この女とは普通に喋れるが、そもそも俺は人見知りが強いタイプだ。
ある程度仲良くなるまでは、一緒に帰るなんてもっての他なのである。
てくてくと校門を目指していると、背後から凛とした声が届く。
「むー。あたしが他の男子と一緒に帰ってもいいんだ?」
首だけで振り返り、断言する。
「どうぞご自由に。そもそも、霧矢が誰と帰ろうと俺に咎める権利はない」
「あ、そ。だったらそうさせてもらうから。あんた以外の男子と一緒に帰るんだから。ほ、ほんとだからね? 止めるなら今のうちだからね⁉」
後ろでぎゃあぎゃあ言っているが、右から左に聞き流す。校門を抜け、帰路につく俺だった。
本当になんなんだあの女‥‥‥。
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