第33話

ホテルの前でタクシーを下りたあたしたちは急いで車の後を追いかけた。



車は車庫に入り、歩と見知らぬ男が出て来た所だった。



「歩!!」



純が歩の名前を呼ぶ。



歩はハッとしたように動きを止めてこちらを振り向いた。



男は何事かと歩とあたしたちを交互に見て首を傾げた。



「歩、あたしの体を返して!」



あたしは歩に詰め寄った。



心のどこかで、歩への恋心が押しつぶされていくのがわかる。



歩の事が好きだった自分が、どんどん消えてなくなっていくのがわかる。



それはとてもつらくて切ない事だった。



だけど、自分の身を守るためには捨てないといけない感情もあるのだと、あたしはこの時初めて理解した。



「なんだ、お前ら追いかけてきたのか」



歩は呆れたようにそう言った。



今更抵抗したり逃げたりする気もないようで、ため息を吐き出した。



「返して」



あたしは返事もせずにそう言った。



「全部、純から聞いたのか」



「そうよ」



歩の視線があたしから純へと移動した。



「なんでだよ? 俺がどの女と入れ替わって売春しようが、お前は何も言わなかったのに」



残念そうな口調でそう言う歩。



あたしはその言葉に目を丸くした。



歩は今までも何度となく同じ事を繰り返していたのだ。



あたしは愕然とした気持ちで歩を見ていた。



あたしは歩の事なんて何も知らなかったんだ。



何も見えていなかったんだ。



その事が、とても悲しかった。



「お邪魔みたいだから、俺は帰らせてもらうよ」



男はそう言うと、そそくさと車に乗り込んだ。



女子高生をお金買っていたとバると自分の身が危ないから逃げたのだ。



車の排気ガスがあたしたちを覆いこんだ。



「マホの体を返せ」



純が歩を真っ直ぐに見てそう言った。



歩は軽く肩をすくめると、「わかったよ」と、答える。



そしてホテルのドアを開けた。



「さすがに、ホテルの部屋の前で気絶するわけにはいかない。入れよ」



歩に言われてあたしは一瞬躊躇した。



人の目が届かない室内について入って大丈夫だろうかと、不安が過る。



「行こう」



純に促されて、あたしはようやくホテルの一室へと足を踏み入れたのだった。

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