第32話
わけがわからないまま純について行くと、そこにはあたしの家があった。
紛れもなく、木津マホの家だ。
「どうしてあたしの家を知っているの?」
前を歩く純にそう聞くと、純はギクッとしたように肩を震わせ、そして顔を真っ赤に染めた。
「それは……なんどか来たことがあったから……」
モゴモゴと言いにくそうにそう言う純に、あたしは首を傾げる。
あたしは純を家に呼んだことは一度もない。
「い、今そんなことはどうでもいいだろ」
純は気を取り直すようにそう言い、また歩き出した。
大股に歩いていると玄関のドアが開いて歩が出て来た。
その姿にあたしと純は驚いて立ち止まってしまった。
今日は休みだというのに歩は制服を着ていたのだ。
しかもそれは修立高校の制服ではなく、1番人気が高い女子高校の制服だったのだ。
「なんであんなの持ってるの……?」
あたしはもちろん、他校の制服なんて持っていなかった。
歩が勝手に買ってきたのだろう。
家を出た歩は真っ直ぐ道路を横切り、そして歩き始めた。
あたしと純は気が付かれないように歩の後を追いかける。
家から少し離れた場所に黒い普通車が停まっているのが見えた。
歩は迷う事なくその車に近づいていく。
「あの車を知ってる?」
純にそう聞かれて、あたしは左右に首を振った。
見たことのない車だ。
運転席に座っているサングラスをかけた男性にも見覚えはない。
あたしは歩が知らないサラリーマンと一緒に家に入って行く様子を思い出し、背筋が寒くなって行くのを感じた。
「ついて行こう」
純がキョロキョロと周囲を見回してそう言った。
そうしている間にも黒い車は走り出す。
「タクシーだ」
丁度いいタイミングで走ってきたタクシーを止めてあたしと純は、歩を追いかけたのだった。
☆☆☆
黒い車は見慣れた景色の中を走って行く。
あたしは膝の上でギュッと手を握りしめてその様子を見守った。
「大丈夫か?」
「うん……」
あたしはぎこちなくほほ笑んでそう言った。
本当は大丈夫なんかじゃない。
あの車がどこへ向かおうとしているのか、最悪のパターンしか想像できていなかった。
それでも、隣に事情を理解してくれている純がいるだけ、あたしの心は平静さを保っている事ができた。
「この先はホテル街だ」
純はぽつりとつぶやいた。
その言葉に鼓動が早くなっていくのを感じる。
やっぱり、そうなんだ。
歩はまたあたしの体を使って売春しようとしているんだ。
そうとわかると、悔しくてあたしは下唇を強く噛んだ。
その痛みで心の苦痛が少しでも軽くなるように、グッと力を込める。
「ごめんな、もとはと言えば俺のせいだ」
純の言葉にあたしは「え?」と聞き返した。
「俺があいつに金を要求したから、こんな事になったんだ」
たしかにそうかもしれない。
でも、歩が純に渡していたのは多額の金ではなかった。
たった数万円だ。
バイトをすればすぐ手に入るような金額。
それなのに、歩は人の体を使って金を稼ぐと言う行為を繰り返ししている。
純に渡すお金のためだけじゃなく、自分の娯楽のためだということはすでにわかっていた。
「それより今は歩を止めることだよ」
あたしは目の前の車がホテルに入って行く様子を見てそう言ったのだった。
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