第34話
ホテルの部屋の中は中央に大きなベッドが置かれていて、窓際に2人掛けのソファがあった。
大きな液晶テレビにゲーム機。
わりとなんでもそろっている部屋をあたしはグルリと見回した。
「ラブホは初めて?」
そう聞いてくる歩に、あたしはグッと押し黙った。
「マホは処女じゃなかったけど、ホテルは初めてなんだな」
歩はそう言いニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべた。
「そんな事関係ないだろ、早くしろよ」
純がイライラしたようにそう言った。
「わかったよ」
歩はフンッと鼻をならし、ベッドに横になった。
「マホ、俺の隣に横になって」
歩にそう言われ、あたしは純を見た。
純は嫌そうな表情を浮かべていたけれど、黙って頷いた。
歩の言う通りにするしかなさそうだ。
あたしはベッドに近づいて、歩の隣に寝転がった。
ホテルの天井に散りばめられた沢山の星が目に入る。
歩はあたしの手を握り……次の瞬間、あたしの意識はプツリと途切れたのだった。
☆☆☆
どのくらい時間が経過しただろうか?
目を覚ましたあたしはまだホテルの一室にいた。
体は重たくて、頭もボーっとしている。
無理矢理上半身を起こして自分の姿を確認してみると、自分のものではない制服が目に入った。
「あたし……戻ったの?」
その声は聴きなれた自分のもので、安堵感が体中に広がって行くのがわかった。
あたし、戻ったんだ。
元の体に戻れたんだ。
ベッドの横には歩が横になっていて、まだ目を閉じたままだ。
「マホ、大丈夫か?」
そう言われて視線を向けると、洗面所から出てきた純が立っていた。
「純……」
「マホで、いいんだよな?」
純は恐る恐るあたしに近づいてくる。
「うん。そうだよ、あたしがマホだよ」
あたしは純の手を握り、そう言った。
純はようやくホッとしたように笑顔を浮かべて「よかった……!」と、息を吐き出す。
「歩はまだ眠ってるんだね」
「あぁ……。そうだ、歩が起きる前にここを出よう」
純がそう言い、あたしを立たせた。
「待たないの?」
「どうしてこいつを待っている必要があるんだよ」
純が吐き捨てるようにそう言った。
たしかにそうかもしれない。
人の体を使って売春していた歩なんて、待っている必要はない。
「起きたら勝手に帰るだろ」
純はそう言い、ホテルの玄関を開けた。
外はオレンジ色に染まり始めていて、長い時間気絶していたんだと言う事がわかった。
でもよかった。
体はもとに戻ったんだ。
あたしはまた、マホとして生きていくことができるんだ。
それは今までで一番の喜びだった。
純と2人で手を繋ぎ、家までの長い道のりを歩き出した。
あたしの体はもとに戻った。
だけど、わからない事だらけのままだ。
「ねぇ、記事で少し読んだんだけど、海は自殺だったんでしょう?」
そう聞くと、純は眉を寄せて左右に首を振った。
「違う。違うんだよ、マホ」
「どういう事?」
「心を入れ替える事ができるのは、歩だけじゃなく、海もだったんだ」
「え……?」
あたしは驚いて純を見た。
写真で見た海の顔を思い出す。
海は歩の双子だ。
2人に同じ能力が備わっていたとしても、不思議ではない。
「海は入れ替わりの能力を使い、いろんな人を困らせたり、今回みたいに金を稼いだりしていたんだ。それを止めていたのが歩だった」
「え……?」
あたしは純を見つめた。
歩は海の悪行を止めていた?
それなら、なぜ人の体を使って売春なんて……?
「海は歩から散々説教を受けて、歩の事をうっとうしいと感じていた。だから、歩が風呂へ入っている時を見計らってナイフを持って忍び込んだんだ」
「まさか、海は歩を殺そうとしていたの?」
あたしの言葉に純は大きく頷いた。
「その通りだ。だけど浴槽の水で足滑らせた海はナイフを誤って自分の腕に付き刺してしまったんだ」
「それって事故じゃない!!」
あたしは声を上げてそう言った。
海の死は自殺でも他殺でもない、事故だったんだ。
「あぁ。だけど元々正義感の強かった歩はそうは捕らえなかった。海の死は自分のせいだと思い込んでいたんだ。
俺は、そんな歩に付け込んだんだ。最低だよな、俺って……」
純はそう言い、うつむいた。
あたしはそんな純の手を握りしめた。
「ううん。今の話、ちゃんと聞けてよかったよ」
あたしはそう言い、ほほ笑んだ。
そんなに優しい歩なら、きっとこれから立ち直ることもできるだろう。
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