第29話
いつもと違う事で頭を使ったあたしは疲れてしまい、そのまま朝まで眠ってしまった。
今日は休日だ、ゆっくり眠ろう。
そう思って開けた目を再び閉じた時だった。
リビングから怒鳴り声が聞こえてきて、あたしはハッと目を開けた。
「どうしてちゃんと聞かないんだ!」
「聞けるわけがないでしょう!?」
そんな両親の喧嘩がきこえてきて、あたしはベッドから起き出した。
どうしたんだろう?
歩の両親が喧嘩をしている所なんて見たことがない。
あたしは一階へ向かい、恐る恐るリビングのドアを開けた。
するとそこには散乱した食器や、倒れた椅子があり、いつもとは全く違った光景が広がっていた。
その光景にあたしは一瞬言葉を失ってしまった。
お母さんのすすり泣く声で、ようやく喉に張り付いた言葉が出た。
「ど、どうしたの?」
そう聞く事しかできなかった。
しかしその一言はお母さんの涙腺を更に崩壊させ、嗚咽混じりに大粒の涙を流しはじめてしまった。
「なんでもない。二階へ上がっていなさい」
お父さんが冷静な口調でそう言った。
なんでもない?
この惨状がなんでもないわけがない。
それに二階にまで聞こえて来たあの声は、間違いなく歩についてなにか公論している様子だった。
「どうして俺に隠すんだよ」
あたしはお父さんへ向けてそう言った。
「お前には関係のないことだ」
お父さんはあたしと目を合わせようとしない。
嘘をついているからだ。
「俺にも関係あるよ。家族の事だろ?」
あたしは食い下がってそう聞いた。
なんでもいい、海や歩について知りたかった。
それを知ることであたしがこれからどうすべきなのかが見えてくるはずだった。
「歩、あなたには本当に関係ないことだから」
お母さんが震える声でそう言った。
どうしても歩に聞かせたくない事なんだろう。
「お願いお父さん、お母さん、俺にも教えて。ここまでの喧嘩の原因を」
真剣な表情で、2人から目をそらさずにそう言った。
2人は困ったような表情を浮かべて目を見交わせる。
「わかった……。それなら歩に1つ質問があるんだ」
お父さんが諦めたような声でそう言った。
その瞬間、嫌な予感が胸によぎった。
どす黒い、真っ黒な予感。
聞かない方がいいと言うことはすでにわかっていた。
「何でも聞いて」
あたしは呼吸が乱れて来るのを必死で整えて、そう答えた。
「お前は、本当に海の事を忘れているのか?」
その問いかけはあたしの心臓を貫いた。
本当に海の事を忘れているのか?
返事なんてできるわけがなかった。
歩は海の事を忘れてなんていない。
忘れたことにしておいた方がよかったから、忘れたと嘘をつき続けているのだから、
あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
「海の死体を見つけたのはお前だった。そのショックで海の記憶が無くなったと、当時の医者も言っていた。だけど、何度考えてもわからないんだよ。
どうして海が自殺をしたのか。本当はお前が海の死に関係してるんじゃないかって……」
言いながら、その表情は苦しげになって行く。
あたしは自分の足先がどんどん冷たくなっていくのを感じていた。
歩の両親も、歩の事を疑っていたんだ。
気が付けば、あたしは後ずさりをしていた。
あたしは海なんて知らない。
だって歩じゃないんだもん。
あたしはマホだから……!
そう叫びたい衝動をグッと我慢し、走り出していた。
「おい、歩!」
そんな声を背中に聞きながら、あたしは家を飛び出したのだった。
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