第28話

それからあたしは医療関係の本に目を通すものの、ロクに頭に入ってこなかった。



心と体が入れ替わったという事例はどこにも載っていないし、半分諦めていたこともある。



だけど、その原因の大半は海の死にあった。



図書館の時計を見るとすでに下校時刻は過ぎていて、あたしはノロノロと帰路へついた。



足は重たく、気分も落ち込んでいる。



歩はまだあたしに何かを隠している。



だけど、歩が素直に何もかもを教えてくれるとは到底思えなかった。



ぼんやりと歩いていると、目の前に小さな可愛い家が見えた。



玄関先に歩のお母さんが出てきていて、心配そうな表情を浮かべている。



「ただいま」



とまどいながら声をかけると「歩、大丈夫なの?」と、聞かれた。



「え?」



「今日学校を早退したって連絡が来たのよ。それなのに歩は帰ってこないし、どこへ行ってたの」



早退したなんて連絡があったのか。



「ちょっと、図書館で調べものをしてたんだ」



「図書館? 授業を抜け出してまで何を調べてたの?」



「ちょっとした事だよ。もう解決したし、大丈夫だから」



あたしは早口でそう言い、母親の横を通り過ぎて家へと入った。



気まずさもあり、そのまま二階へと上がって行く。



声をかけられるかと思ったけれど、お母さんは何も言わずにリビングへと向かって行った。



階段を上がって行くと、いつもと違う匂いが鼻を刺激した。



少し煙たいようなその匂いに、あたしは周囲を見回した。



特に変わった所はない。



なんなんだろう?



そう思いながら歩の部屋のドアを開ける。



その時だった。



一番奥の部屋のドアが少しだけ開いていることに気が付いた。



あの奥の部屋、誰かが使ってたんだ……?



両親はもっぱら一階を使っているから、毎日二階を使うのはあたしだけだった。

それが、今日は開いている。



あたしは部屋に入るのをやめ、奥へと進んでいった。



もしかしたら、ここは海の部屋だったのかもしれない。



海が死んだのは今から3年前だ。



まだ私物が残っていて、整理している途中とか。



そう考えながらそっとドアを開いた。



その時、煙い匂いがきつくなり同時にそれがお香の香りだと気が付いた。



開けたドアの向こうには小さな仏壇があり、その前に置かれている線香から煙が出ている。



部屋の中には机やベッドがそのまま置かれていて、今でも主がいるような状態を保たれていた。



あたしはそっと足を踏み入れて仏壇の前に立った。



飾られている写真立ての中には、歩とそっくりな海の笑顔があった。



「海……」



あたしは小さく呟いた。



14歳で自殺してしまった歩の兄弟。



一体何が合って自殺なんてしたんだろう?



それに、この仏壇の場所も奇妙だった。



昔の家のような仏間がなくても、もう少し人目につきやすい一階に置いてあった方が自然だ。



こんなところに置いてあるなんて、まるでひと目から隠されていうように感じられる。



あたしは海が生きていた部屋を見回した。



壁には数年前にブレイクしたロックバンドのポスター。



机には乱雑に置かれた教科書がある。



しかも、ノートは広げられたままだ。



あたしは机に近づいてそれを確認した。



何年か前にあたしも習った事のある中学の授業内容が書かれている。



海はここで勉強をしていたのだろう。



その姿は安易に想像ができた。



「おかしい……」



あたしは呟いた。



この部屋、海が亡くなった時のまま残しているのだとしたら、ノートや教科書が開きっぱなしなのは違和感があった。



海は自殺だった。



自殺をする前の人間が熱心に勉強なんてするだろうか?



ノートも教科書も広げたまま、衝動的に手首を切ったりするだろうか?



そう考えると、海は歩に殺されたと考える方が自然だった。



だけど、嫌がる人間を無理やり浴槽まで連れて行き、手首を切るなんて到底できないだろう。



海も歩も体格は同じだ。



歩が一方的に有利に事を運ぶことは難しい。



あたしは海の部屋から出て大きく首をふった。



海と歩の間に何があったのかは、分からない事だらけだ。



入れ替わる方法も全然わからない。



あたしは大きなため息を吐き出したのだった。

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