第27話
歩があんな最低な人間だとは思わなかった。
あたしは大股で歩いて教室に入り、そのまま椅子にドカッと腰を下ろした。
一刻も早く自分の体に戻らなければ、何をされるかわからない。
そう思うと、こうしている時間も落ち着きがなくなっていく。
そんなあたしを見ていたリナが、久しぶりに声をかけてきた。
「歩君、イライラしちゃって、どうしたの?」
いつも通りの猫なで声に、あたしの苛立ちは更に増していく。
リナはいつも以上に笑顔だ。
人が苛立っているのを見て楽しんでいるのが手に取るようにわかった。
「別に、なんでもない」
あたしは適当に返事をしてリナから視線を逸らせた。
真面目にリナに返事をする必要はない。
そう思った時、教室内にザワメキが沸き起こった。
みんなの視線が教室のドアへと向かう。
あたしも、自然とそちらへ視線を向けていた。
そこに立っていたのは、頬を赤く腫らした歩だ。
手加減したつもりだったけれど、手形がクッキリと残っている。
男の力ってこんなにも強いんだ……。
あたしは自分の手を見下ろしてそう思った。
手加減しても、全然足りていなかった。
「うわ、あれなに?」
リナが大げさにそう言う。
「叩かれた痕だよね?」
「誰にやられたんだろ?」
「もしかして、歩君じゃない?」
クラス内からそんな話し声が聞こえて来る。
あたしは咄嗟に立ち上がり、歩の手を掴んで教室を出ていた。
こんな事をしたら殴った相手があたしだとバレてしまう。
でも、このままじゃ手形がクッキリと残ったままだ。
「保健室へ行こう」
あたしは一言そう言い、歩を連れて保健室へと向かったのだった。
☆☆☆
保健室には先生の姿がなかったので、あたしは勝手に氷水を作り歩の頬に当てた。
「さっきはごめん。力入れ過ぎた」
歩の目を見ずにそう言う。
歩はフンッと鼻で笑うと「わざわざ謝るなんて、お人よしだな」と、言った。
「あたしはあんたなんかと違う。人を傷つけた時に謝る事くらいできる」
「へぇ、随分優秀なんだな」
歩は人を小ばかにしたような口調でそう言った。
その口調にあたしの苛立ちは加速する。
あたしは歩を置いてそのまま保健室を出た。
もう今日の授業なんてどうでもよかった。
歩と同じ空間にいるだけで我慢ができなさそうだ。
それよりも、あたしは自分の身を守る事を考えなきゃいけない。
あたしは一旦教室へ戻り、鞄を掴んだ。
クラスの女子生徒たちがヒソヒソと何か話しているのを聞きながら、早退したのだった。
☆☆☆
あたしはそのまま真っ直ぐ私立図書館へと向かっていた。
学校から徒歩15分ほどの場所にある図書館は、学生たちが多く利用する場所だった。
けれど、今日は時間も時間なだけあって、利用者は少なかった。
あたしは真っ直ぐ医療関係の書物が置かれている棚へと向かった。
心と体についての本を両手に大量に抱えていく。
入れ替わりについて少しでも書いていないかと、分厚い本にしっかりと目を通していく。
専門用語がずらりと並んでいてわからない時は、その言葉がなんなのか1つ1つ調べながら呼んでいた。
そうしているとあっという間に時間は過ぎていき、昼になっていた。
空腹を感じたあたしは手を止めて、ホッと息を吐き出した。
集中していたため、目も肩も痛い。
だけど、テーブルの上に置かれている書物はまだ半分も読めていない状態だった。
これを今日中に読み終わることは難しそうだ。
あたしは気分を変えるために、地域の情報コーナーへと移動した。
そこにはこの街の古い歴史から、未来のお祭りの情報まで調べる事ができる。
今年の花火大会は何日だろうとぼんやりポスターを眺める。
その時だった、ふと海の事が頭によぎった。
海が死んだのはいつなんだろう?
お墓詣りに行ったのに、ちゃんと確認していなかった。
けれど、12歳までの写真はあった。
あたしは棚に置かれている年代別になっているファイルを手に取った。
12歳と言うことは今から5年前だ。
海が亡くなっている事も書かれているかもしれないと思い、ページをめくって行く。
ファイルの中にはお悔やみ欄も乗っていて、その小さな文字を調べて行った。
何冊目かのファイルを手にした時、ようやくその名前を見つけた。
しかしそれはお悔やみ欄ではなく、事件や事故として大きく取り上げられている記事だった。
【庄司海 14歳 自宅で手首を切って自殺しているのを発見された】
「え……?」
あたしはその記事に目を見張った。
「手首を切って自殺?」
何度も何度もその部分を読み直す。
どういう事?
海は歩に殺されたんじゃなかったの?
頭の中が混乱している。
純は歩が海を殺した事をしっていたから、歩にお金を貢がせていたはずだ。
それが自殺となると、何もかもが揺らいでいく。
あたしは放心状態になり、しばらくその場から動けずにいたのだった。
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