第26話

あたしは歩の部屋に戻り、クッションを壁に投げつけた。



一瞬でも歩に心動かされた自分が情けなかった。



入れ替わったのが歩でよかったとホッとしていた自分を怒鳴りたかった。



ベッドにうつぶせになり、枕に顔をうずめて叫んだ。



歩はいつからあんなことをしていたんだろう?



あんなドレスを用意して、モテないサラリーマンの相手をする。



2人で歩いている様子を見れば、今回が初めてじゃないことは一目瞭然だった。



自分の体がたった数万円で抱かれているのだと考えると、発狂してしまいそうだった。



あたしは知らない間に流れてきていた涙を手の甲で拭った。



早く、元の体に戻らなきゃ。



これ以上歩の好きにさせてはいけない……!



あたしはそう思い、拳を握りしめたのだった。


☆☆☆


翌日。



あたしは制服姿に着替えて石段の前にやってきていた。



いつもの歩との約束場所。



歩が車でまだ15分もあったけれど、家でのんびりしているような気分じゃなかった。



昨日衝撃的な場面を見てしまったせいでロクに眠れず、頭が痛い。



それでも、あたしは歩に聞かなければいけなかった。



長い長い15分が経過して、ようやく道の向こう側から歩が歩いてくるのが見えた。



歩はいつもと変わらぬ足取りでこちらへ向かう。



あたしと視線がぶつかると、すぐに笑顔になった。



「おはようマホ」



その声にあたしは無反応だ。



歩を睨み詰める。



「マホ、どうかした?」



歩は不思議そうな表情を浮かべてそう聞いて来た。



「あたし、昨日見たの」



「見たって、なにを?」



「あんたが知らないサラリーマンと歩いている所を」



そう言うと、歩は瞬きを繰り返した。



「サラリーマン? なんのこと?」



「とぼけないでよ! 赤いドレスを着てて、家の中に入っていくのが見えたんだから!」



あたしはそう言い、歩の体を押した。



思った以上に軽く、歩はこけそうになってしまった。



それでもあたしは歩を睨み詰めていた。



「あ~……あっそ」



歩はポリポリと頭をかいて、面倒くさそうな表情を浮かべた。



「あっそって……」



あたしは唖然として歩を見つめる。



「別にいいじゃん。女になったら一度やってみたかったんだよ、エッチ」

歩はそう言うと、笑顔になった。



「なに……言ってんの?」



歩の言葉が信じられず、あたしはそう聞き返した。



自分の声が情けないくらいに震えているのがわかった。



怒りたいのに、絶望や悲しみの方が大きくて視界がぼやけて見えた。



泣くもんか。



こんな男の為に泣く事なんてない。



そう思うのに、心とは裏腹に涙は大きな粒となって頬を流れていた。



「女性側のエッチって気持ちいいじゃん。自分で動く必要もないから楽だし。ついでにお金までもらえて、女って得だよなぁ」



人を見下したようにそう言う歩。



もうあたしは涙腺はとっくに崩壊していて、次から次へと涙は溢れ出していた。



「なぁ、なんで女はウリやんないワケ? 一番楽に稼げるのに……」



歩の言葉を遮るように、あたしはその頬を殴っていた。



パンッ! と、頬をうつ音が朝の空気を震えさせる。



だけど、それ以上にあたしが震えていた。



怒りと悲しみで、震えていた。



「さいってー!!!」



あたしはそう怒鳴ると、石段を駆け下りて学校へと向かったのだった。

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