第25話
走って走って走って。
気が付けばあたしは自分の家の前に立っていた。
足は自然とこちらへ向かってきていて、気が付いた時にはその懐かしい玄関前だった。
あぁ……今すぐこの家に帰りたい。
『ただいま!』
そう言って、マホとしての人生を歩み始めたい。
あたしは自分の姿を見下ろした。
でも、今のあたしではそれもできなかった。
自分自身の人生を歩むことすらできない自分に、あたしは握り拳を作った。
肩で呼吸を繰り返し、そっと玄関から離れる。
リビングの窓へ視線を向けてみると、電気はついておらず真っ暗だ。
今日はみんなで出かけているのかもしれない。
あたしの家は月に数回家族で外食をしていたから、今日はその日なのかもしれない。
あたしは肩を落として歩の家へ戻るために歩き始めた。
太陽はすっかり落ちていて周囲はとても暗い。
歩の家からなら満点の星空が見える事だろう。
それだけを楽しみに、あたしは足を動かしていた。
その時だった。
聞きなれた声が前方から聞こえてきて、あたしは足を止めた。
暗闇の中で動く2つの影。
その声は時折楽しそうな笑い声を上げている。
あたしはとっさに電信柱に身を隠した。
2つの黒い影が街灯の下を通った瞬間、あたしは息を飲んだ。
あたしが……あたしの姿をした歩が、真っ赤なドレスを着て見知らぬサラリーマンと腕を組み、歩いているのだ。
サラリーマンは時々歩の肩を抱き寄せて、キスをした。
歩はなんの抵抗もなく、それを受け入れる。
あたしは呼吸が荒くなっていくのを感じてた。
なに……してるの?
サラリーマンと歩はあたしに気がつかずに電信柱を通りすぎる。
2人はそのまま誰もいない家へと吸い込まれていった。
どう見ても普通じゃないあの2人。
今すぐ家に行って事情を説明してもらいたい。
なにより、2人きりにするべきじゃない。
そう思うのに、あたしは茫然と立ち尽くし自分の部屋の窓を見ていた。
電気がつき2人のシルエットが重なり合う。
その瞬間、全身に寒気が走った。
歩は一体、何をしているの?
あたしの体を使って、何をしているの?
あたしは封筒に入れられていた万札を思い出していた。
歩はアルバイトをしていない。
あのお金は一体どこから……?
そう思った瞬間、歩の行動がすべて理解できた。
恐ろしいほどに点と点が繋がってしまった。
「あ……」
よろける足で一歩前へ踏み出した。
止めさせなきゃ。
そう思うのに、心臓ばかりが早く打って思うように前に進めない。
認めたくない。
歩はそんな事しない。
そんな気持ちが、現実から目をそむけさせようとしている。
「君、こんな時間になにをしてるんだ」
突然そう声をかけられて、あたしは小さく悲鳴を上げた。
見ると、そこには巡回中のお巡りさんの姿があった。
「あ……あの……」
「どうしたんだ? 顔が真っ青だぞ」
お巡りさんは驚いたように声を上げる。
そうだ、お巡りさんに相談しよう。
この家の中で売春行為が行われている。
そう言えば助けてくれる!
そう、思ったけれど……この家の中で売春行為を働いているのは、紛れもなくあたしなのだ。
あたしが男を誘い、家に入れた。
親にバレたらどうなる?
学校にバレたらどうなる?
……言えない。
絶対に、口が裂けても言えなかった。
代わりに喉の奥から声にならない唸り声があふれ出し、あたしは真っ暗な闇へ向けて叫んだのだった。
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