第20話

☆☆☆


2人で学校へ登校してくると、数人の女子生徒から悲鳴が起こった。



分かっていたことだけれど、しばらくはこんな日々が続きそうだ。



リナたちが何かして来る気配はないけれど、用心しておいた方がいいかもしれない。



あたしは歩と目配せをして、注意を促した。



歩は小さく頷き、席へと向かう。



「よぉ歩! 昨日は楽しかったなカラオケ!!」



席へ座るや否や、純がそう言ってあたしの肩を抱いて来た。



純とのこの距離は少しずつ馴れてきている。



「あぁ、また行こうな」



あたしは調子を合わせてそう言った。



「昨日は海の墓参りに行けなかったから、今日行こうと思うんだけど」



純にそう言われ、あたしは言葉を失った。



ここはどう返事をすべきなんだろうか。



歩は海の事を忘れている。



だけど、昨日純の前で調子を合わせて知っている素振りを見せてしまった。



あたしは困ってしまい、視線を泳がせた。



「なぁ、歩?」



グイッ引き寄せられて、純の香水の香りを鼻先に感じた。



「う、海ってなんのこと……?」



あたしは曖昧に返事をして、純から視線をそらせたのだった。


☆☆☆


純を誤魔化して過ごすのは大変だった。



けれど、海のお墓には行ってみたいと感じている。



お墓に行けば海の事が少しは見えてくるかもしれない。



あたしはそう思い、落ち着かないまま授業を受けた。



勝手なことをしていると歩から怒られるかもしれなかったけれど、どうしても歩の兄弟について知りたいと思ってしまう。



「歩! 一緒に昼飯食いに行こうぜ!」



昼休み、純にそう声をかけられてあたしは頷いた。



今日は天気が悪いから、教室内でお弁当を広げている生徒たちが多い。



その中から抜け出して、2人で屋上へと続く階段を真ん中ほどまで登り、そこに腰を下ろした。



「中途半端な場所だな」



あたしは灰色のコンクリートで囲まれた階段を見てそう言った。



「ここなら人が来ないからな」



純はそう言い、膝の上でお弁当を広げた。



その様子は女の子のようで、なんだか可愛らしい。



「なにか、話があるのか?」



わざわざこんな所でお弁当を食べるには、なにか理由があるはずだと思ってそう聞いた。



純はウインナーをかじり「別に」と、そっけない返事をする。



その返事にあたしはますます疑問を浮かべた。



純は何か話したいことがあるはずだ。



そしてそれは海のことである可能性が高いと感じていた。



あたしは他愛のない会話をしながらお弁当を口に運んだ。



純は海の事を知っている。



海がどうして死んだのか、歩はどうして海の記憶がないのかも、純は知っているかもしれないんだ。



「本当に?」



そう聞くと、純はチラリとあたしの方へ視線を向けてきた。



その目は鋭く、まるで獲物を睨み付けるような目つきで、あたしは一瞬たじろいた。



「お前は海の事を忘れているんだよな?」



そう聞かれて、あたしはまた返事に詰まってしまった。



純に対してどう返事をするのが正解なのか、わからない。



あたしは小さく頷いて見せた。



視線を泳がせて、純と目が合わないようにする。



「その事はまぁいい。だけど、今日はあの日だ。それは忘れてないだろうな?」

穏やかだった口調も険しいものに変わっている。



あの日?



あの日って、なに?



あたしにはさっぱりわからない。



だけど純は怒っているし、知っているフリをする方がいいのかもしれない。



「も、もちろんだ」



あたしは震える声でそう答えたのだった。

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