第19話

翌日。



あたしは重たい頭で目を覚ました。



海の事を考えていると自然と眠りが浅くなり、何度も目を覚ましてしまったのだ。



今のあたしは歩なんだから、少しでも何か思い出さないかと頑張ってみたのだけれど、それは無駄に終わった。



そもそもあたしの記憶はすべてあたしのものだけなんだから無理に決まっていたのだ。



そんな事も忘れてしまうくらい、あたしは歩と海の間に何があったのか気がかりだった。



「今日は天気が悪いな」



あたしは外へでて曇天を見上げてそう呟いた。



今にも汗が振り出しそうで、蒸し暑い。



「傘、忘れないようにね」



玄関を開けてお母さんがブルーの傘を差しだして来る。



あたしはそれを受け取り「振りそうだな」と、言った。



「そうねぇ。天気予報は晴れだったのにね」



お母さんは空を見上げて残念そうにつぶやいた。



今日は庭の花を植え替えるんだって言っていたっけ。



「じゃぁ、行ってきます」



あたしは残念そうな顔をしたままのお母さんにそう声をかけ、歩き出したのだった。


☆☆☆


いつもの石段に、歩はすでに来ていた。



「おはようマホ」



久しぶりに自分の名前で呼ばれて、自分がマホであることを思い出す。



「おはよう歩」



あたしはそう返事をして、肩を並べて歩き出した。



「昨日、また考えてたんだ」



歩の言葉にあたしは首を傾げる。



「何を?」



「入れ替わりの戻り方」



あぁ。



そっか。



今あたしたちが考えることといえば、それしかないよね。



海の事がきになりすぎて、すっかり忘れてしまっていた。



「同じ衝撃を与えても、キスをしてもダメだったろ?」



そう言われて、あたしは一気に顔が熱くなってしまった。



キスした時の事をリアルに思い出し、自分の唇に触れる。



「もう、流れに身を任せるしかないと思うんだ」



真剣な表情でそう言った歩に、あたしは「へ?」と、マヌケな声で返事をしてしまった。



何かいいアイデアでも思いついたのかと思ったけれど、全然違ったみたいだ。



「漫画では衝撃を与えるか、キスをするかのどちらかで戻っていたんだ。あとは時間が経過すれば勝手に戻るとか」



「その辺の設定はよくあるよね。あとは同じものを食べたから入れ替わったとか」



「そう。俺たちに同じものを食べたってことは当てはまらないんだ」



「どうして?」



「あの日、何か特別なものを食べたか?」



そう聞かれてあたしは左右に首を振った。



遅刻寸前だったからロールパン1個と牛乳だけだったんだ。



「俺もそうだ、特別なものは何も食べてない。日常的に食べているもので入れかわっていたら、そこら中の人が入れ替わっていることになるだろ」



それもそうだな。



歩の言っている事は納得できた。



やるべきことは全部やってみて、まだ入れ替わったまま戻らない。



それなら、後はもう待つしかないのだ。



「あたしは、まだ頑張れるよ」



あたしはそう言った。



「いつ、戻れるかわからないのは不安だけれど、入れ替わった相手が歩だから、頑張れる」



あたしは、歩を真っ直ぐ見てそう言った。



歩は驚いたように目を丸くして、そして頬を赤く染めた。



照れている歩の顔もとても可愛くて、あたしまでつられて照れてしまう。



「ありがとう」



歩が小さな声でそう言った言葉は、ちゃんとあたしの耳まで届いていたのだった。

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