第16話

純と別れて歩いているあたしの頭の中には海って誰?



という疑問だけが浮かんでいた。



直接歩に聞こうかと思ったけれど、歩はカレンと一緒に遊びに行ったことを思い出した。



ただでさえカレンに合わせてあたしを演じることは大変なことだ。



それがわかっていたから、歩には連絡できなかった。



丘の上の家まで帰って来ると、すぐにお母さんが出迎えてくれた。



時間が少し遅くなってしまったので、ダイニングからは美味しそうな夕飯の匂いがしてきた。



お父さんももう帰ってきているようだ。



「今日は遅かったわね」



そう言われ「ごめん。純とカラオケ行ってた」と、素直に謝った。



「そう。夕飯できてるから、すぐ着替えてらっしゃい」



「うん」



あたしはそう言い、歩の部屋へと向かったのだった。


☆☆☆


部屋着になってダイニングへ行くと、すでに2人ともそろっていた。



いつも通り、何も変わらない食事が始まる。



あたしは2人を交互に見て、口を開いた。



「今日は海の命日だな」



純に言われた事をそのまま言う。



その瞬間、2人が箸を止めた。



目を丸くし、信じられないと言った様子であたしを見る。



「え、な、なに?」



なにかおかしい事を言ってしまっただろうかと、あたしは落ち着きなく2人を見る。



「お前、海の事を思い出したのか?」



お父さんのそんな言葉に、あたしは唖然としてしまった。



海の事を思い出した?



なにそれ、どういう事?



純は歩は海を知っているという前提で会話をしていた。



それなのに、海の事を忘れているって、意味がわからない。



あたしは混乱する頭をフル回転させてこの場の逃れ方を考えた。



「……って、純が言ってたんだけどさ。今日って海って人の命日?」



とぼけた顔を作り、無理やり誤魔化す。



心臓はドクドクと早くなり、背中に汗が噴き出した。



「あぁ、そうなの。純君が……」



お母さんはそう言い、力が抜けたような笑顔を浮かべた。



「あ、あぁ。そうなんだよ」



海って誰?



歩は海って人の事を忘れているって、一体どういう事?



頭の中ではぐるぐると疑問が渦巻いている。



だけど、今は首を突っ込まない方がいい。



あたしが歩ではないとバレてしまう。



そう思ったあたしは、もくもくと夕飯を口に運んだのだった。


☆☆☆


夕飯を終えたあたしは少しだけテレビを見て、自室へと向かった。



歩の記憶は失われている。



そんな話今まで聞いたことなくて、衝撃的だった。



歩とあたしは特別仲が良いワケじゃなかったから、知らなくても当然だ。



だけど、今は違う。



心が入れ替わってから、あたしたちはどんな些細な事でも伝えて来たはずだった。



それなのに、ここまで重要な事を言わないなんて……。



あたしはそう思い、ベッドに寝転んだ。



なんだかひどく疲れている。



寝転んだままスマホを操作して、歩にメールを送信する。



《今日は放課後遊びに行ったんでしょ? どうだった?》



《あぁ。楽しかったよ! 女子ってパワフルだなぁ。俺疲れちゃったよ》



そんな返信にあたしはクスッと笑った。



歩がカレンに手を引かれて歩き疲れている様子が、安易に想像できた。



《お疲れ様。こっちは純とカラオケしてたよ》



《あぁ、あいつ歌うまいだろ》



《そうだね》



他愛のない会話が続いていく。



しばらくして、あたしは思い切って海が誰なのか聞いてみることにした。



《1つ聞きたいことがあるの。海って、誰?》



そう送り、返信を待つ。



今までスムーズに返ってきていた返事が、途端に鈍くなった。



5分待っても、10分待っても返ってこない。



そうしている間に一階から「お風呂入りなさいよ!」と言う声が聞こえてきて、あたしは渋々スマホから手を離したのだった。

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