第17話
簡単にお風呂に入ったあたしは、すぐに自室へと戻った。
歩の髪の毛はあたしより短いから、髪を乾かす時間も短縮できて好都合だ。
部屋に入ったあたしはスマホを確認した。
《海? 誰の事?》
そんな短いメールが送られてきている。
歩は海というに人を知らない。
やっぱり、歩の記憶からその人の事は抜け落ちているのかもしれない。
あるいは、大きな事故にあってその前後の記憶がないとか、そういうことかもしれない。
あたしは考えながら、整理整頓された部屋を見回した。
人の部屋を物色するのは申し訳ないと思い、机の中を見たことは今まで一度もない。
あたしは恐る恐る勉強机に近づいて、その引き出しを開けた。
引き出しの中には今までの課題や使い終わった教科書などが、綺麗に入れられている。
その様子にホッと胸をなで下ろすあたし。
歩の秘密を勝手に暴いているような気持ちになり、あまり気分はよくない。
だけど、歩の事はもっと知りたかった。
歩が忘れているという海についてのヒントがあればと思ったのだ。
「本当に綺麗好きだなぁ」
あたしは歩の引き出しを確認してそう呟いた。
提出して戻ってきたプリントなどはすべてファイルされているし、テスト用紙もしっかりと保管されている。
そこに書かれている点数はどれも高得点で、あたしは思わずため息を吐き出していた。
歩って頭がよかったんだ。
あたしの倍ほどの点数を取っている歩に、一瞬あたしは自分の事が恥ずかしくなってしまった。
綺麗好きで頭がよくて、おまけにイケメン。
そんな歩とあたしでは不釣り合いだ。
リナが攻撃的な目であたしを見ているのも、納得できてしまった。
「海って人の事を調べるんでしょ」
あたしは自分にそう言い聞かせて、落ち込んだ気持ちを奮い立たせたのだった。
☆☆☆
それから20分後。
あたしはクローゼットに置かれた段ボールの箱を開けて、その前に座り込んでた。
クローゼットの奥の方に忘れられたように置かれた段ボール。
その中には歩が幼かった頃の思い出が詰まっていた。
産れたころの写真や、幼稚園、小学校の運動会の写真。
そのどれもかとても可愛らしくて、あたしは頬を緩めた。
「歩って昔から可愛かったんだぁ」
あたしはそう呟いて写真の歩を撫でる。
だけど、今のところ海という人につながるものは何も出てきていなかった。
「でもまぁ、これを見れたからラッキーだったなぁ」
あたしは1人で満足してニヤニヤと笑う。
とても可愛い歩の写真を一枚取り出し、机の上に飾った。
こんな可愛い歩を段ボールに押し込めておくなんてもったいない。
気に入った写真を飾ったあたしは、段ボール蓋をしてクローゼットへと戻した。
海って人の事は深く考えなくていいか。
歩の記憶が戻れば自然とわかる事だし、今はそっとしておこう。
そう思った時だった。
足元に一枚写真が残っていることに気が付いた。
しまい忘れちゃった。
そう思い、写真を手に取る。
しかし、写真を見た瞬間あたしは動きを止めてしまった。
そこに写っていたのはこの家の玄関先でとられた写真だった。
歩と、そしてもう1人、歩にそっくりな男の子が中学校の制服を着て写っている。
「誰、これ」
あたしは思わずそう呟いていた。
はにかんだ笑顔がそっくりだ。
まるで、双子のような……。
そこまで考えて、ハッと息を飲む。
まさか、歩の兄弟!?
ここまでそっくりで、しかも玄関先で同じように並んで立っているのだから、兄弟だと考えるのが一番自然なことだった。
だけど、歩に兄弟がいるなんて聞いたことはなかった。
家にいてもその存在を見たことがない。
妙な胸騒ぎを感じる。
海。
失われた記憶。
兄弟……。
あたしは写真をひっくりかえして裏面を確認した。
一瞬、心臓が止まったかと思った。
写真の裏に写っている人や場所の名前を書いておくのはよくあることだ。
それを確認するためにひっくり返したのに、いざ【海】という名前を目の当たりにすると、ドット汗が噴き出すのを感じた。
【海、12歳。歩、12歳】
2人とも同じ12歳。
「歩は双子だったの……?」
あたしの知らない歩に、一瞬めまいを感じた。
歩は海の事を完全に忘れている。
双子の兄弟の事を忘れていると言う事だ。
そんなことって、ある?
今までずっと一緒に生きてきて、その人の記憶だけがポンッと抜け落ちてしまうなんて。
それもショックだったけれど、歩の兄弟である海がすでに亡くなっている事もショックだった。
なにが原因で死んだんだろう?
もしかして、海の死がショックで歩の記憶はなくなってしまったんだろうか?
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