第9話
純はタバコに言っているし、暇だったあたしは高瀬のゲームを横で見ていた。
高瀬は熱中してゲームをしているけれど、あたしには相変わらずチンプンカンプンだった。
ゲームくらい、少しは勉強しておけばよかったかもしれない。
そんな事を考えていた時、教室の前のドアからカレンと歩の2人が教室へ入ってきた。
2人の手にはお弁当が握られている。
今日は天気がいいから、中庭で食べてきたんだろう。
あたしとカレンはいつもそうしていたから。
教室へ入ってきた歩と目が合う。
自分と目が合っているだけなのになんだか照れてしまって、意識的にそらせてしまった。
ほのかに自分の頬が熱くなるのを感じる。
そんな中、歩が真っ直ぐにこちらへ向かって歩いてくるのが視界に入った。
あたしは驚いて歩を見る。
「ねぇ、歩」
歩があたしに呼びかける。
「え、あ……」
突然呼ばれた事に混乱して周囲を見回した。
あたしは余計な誤解を生んでリナに目を付けられるのがこわくて、自分から歩に声をかけたことは今まで一度もないのだ。
それなのに、歩の何気ない行動ですべては台なしだ。
恐る恐るリナの方へ視線をやると、案の定鋭い視線を歩へ向けているのが見えた。
あぁ……最悪。
こんなことならリナのことをちゃんと歩に話しておくべきだった。
歩からすればリナは可愛いクラスメートだから、恐怖なんて微塵にも持っていないのだ。
「あ、あのさ。後でもいいかな?」
あたしは歩へ向けてそう言った。
しかし歩は「今がいいんだけど」と、引き下がらない。
その態度にリナの表情は更にこわばって行く。
クラスで2番目にカッコいい歩にあたしが声をかけるなんて、リナにとってはあり得ないことなんだ。
「で、でもさぁ……」
どうにか歩を諦めさせようとする。
その時だった。
歩があたしの手を握り歩き出したのだ。
あたしはそのまま引っ張られるようにしてついて行く。
「ちょっと……!」
あたしの力くらいならきっと引き離す事はできると思う。
だけど、細い手に掴まれるとそれを拒むことが申し訳なくなってしまった。
彼女に手を掴まれた彼氏の感覚って、こんななのかなぁ?
そんな事を思っているうちに教室を出て、ひと気のない廊下へと向かっていた。
「話ってなに? こんな大胆な事されたら、あたしリナたちにイジメられちゃうよ」
誰もいない事を確認して、あたしはそう言った。
「イジメられるのは俺だから大丈夫。返り討ちにしてやるから」
歩はそう言って立ち止まり、ニッと笑った。
歩はリナの正体をちゃんと知っていたようで、あたしはホッとした。
男子は案外女子の事をちゃんとみているのかもしれない。
「で、話ってなに?」
落ち着いた所でそう聞くと、歩は目を輝かせてあたしを見た。
「いい事を思いついたんだよ」
「いい事?」
あたしは首を傾げて歩を見る。
「俺たち、付き合っていることにしよう」
「へ……?」
歩の言葉にあたしはキョトンとしてしまった。
突然何を言い出すのかと思えば、突拍子もない言葉が降りかかってきて、どう返事をしていいかもわからない。
「ほら、これから先生活していくためには絶対に俺たち2人で行動しなきゃいけない時って出てくるだろ?
その時だけ一緒にいるのはどう考えても不自然だ。だけど、付き合っていると言う事にしておけば、常に一緒にいても不自然じゃない」
早口でそう説明する歩にあたしは徐々に目を見開いて言った。
確かに、一緒に行動するためには付き合っているフリをした方が便利だ。
それは理解できる。
だけど、それは女子たちからの歩への攻撃が始まるかもしれないと言う事だった。
渋っているあたしに、歩の表情は徐々に暗くなっていく。
「ダメ、かな?」
「ううん。ダメじゃない。むしろいいアイデアだと思うよ」
「それなら!」
「でも、歩は好きでもない子と付き合って平気なの?」
そう聞くと、歩は目を丸くしてあたしを見た。
「演技っていっても、ずっと一緒にいるんだよ? 歩って、そういう事平気でできるんだ?」
少し歩を責めるような口調になってしまう。
その時気が付いた。
あたしは歩が演技で付き合おうと言った事がショックだったんだ。
あたしは歩と本気で付き合いたいと、そう思っていたのだと気が付いた。
「俺だって、好きでもない子と演技で付き合ったりはしないよ」
歩が穏やかな口調でそう言った。
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