第8話

女子でいるときと男子でいる時で、こんなにも世界が変わるのだとあたしは感心してしまった。



高瀬のこともそうだけれど、女子生徒たちにきゃぁきゃぁ言いながら追い掛け回された時に特にそう感じた。



それは純と2人で昼ご飯を食べに食堂へ向かった時のことだった。



あたしは当たり前のように食券を買い、カレーを食べていただけなのに、近くにいた女子生徒たちが騒ぎ始めたのだ。



あたしの口もとについたカレーを純がぬぐうと「キャー!」



純のラーメンをひと口もらうと「キャー!」



いちいち黄色い悲鳴が聞こえてきて、頭が痛くなりそうだった。



歩ってこんなに人気があったんだ。



そう思い、愕然とする。



「ほんと、毎日懲りないなぁ」



食堂を出て純が呟く。



「え?」



「女子生徒たちだよ。よくあれだけ毎日きゃぁきゃぁ言えるよな」



呆れたようにそう言う純。



あたしは「そ、そうだな」と、頷いた。



人の騒がれるというのは疲れるものなのだと、あたしはこの時初めて知ったのだ。



今まではカッコイイ男子生徒を見て騒ぐ側だったので、少し反省してしまう。



騒ぐ側だと楽しいだけだったから、このギャップには驚きだ。



「行くだろ?」



突然純にそう言われ、あたしはキョトンとした表情を浮かべた。



「タバコだよ、タバコ」



純が小声でそう言ってくる。



「たっ……!?」



あたしは目を見開いて純を見た。



純はずとタバコを吸っていたのだろうか?



あたしを誘うと言う事は、歩も普段からタバコを吸っているということだ。



あまりにも意外で、あたしは言葉に詰まってしまった。



「なんだよ、今日は持って来てないのか?」



「あ、あぁ。そうなんだ。だから今日はやめておくよ」



あたしはそう言うと、純を追い越して歩き出した。



一本わけてやるよと言われても困るので、そのまま真っ直ぐ教室へと戻った。



早足で階段を上ってきたから、少し息切れを感じる。



だけど体力はまだまだ有り余っているのを感じた。



男子ってやっぱりすごいんだなぁ。



なんて、妙な所で感心してしまったりする。



「あれ、歩君今日は1人?」



クラスメートのリナに声をかけられて、あたしはまた言葉に困ってしまった。



リナはクラスで一番のギャルで、ピアスの穴を5つも開けている。



髪の毛は金髪に近いほど染めていて、クルクルにまかれていた。



メークも濃くて、あたしは近寄りがたい存在だったのだ。



そんなリナから馴れ馴れしく話かけられたため、まともに見返す事もできなかった。



「歩君、なんだか照れてる?」



リナが小首を傾げてそう聞いてくる。



あからさまなぶりっ子だ。



すると周囲にいたリナの友人たちが「歩君がリナの可愛さに照れてるぅ!」と、はやし立てて来た。



「そ、そんなんじゃない」



あたしは慌ててそう言うと、自分の席に大股に歩いて行った。



不覚にも、顔は燃えるように熱い。



これじゃぁリナの思惑通り、照れていると言う事になってしまう。



そんなあたしを見て、リナたちはきゃぁきゃぁ騒いでいる。



だけど、あたしは知っていた。



リナが好きなのは歩ではなく、純の方だ。



こうして歩に声をかけるのは純と仲良くなりたいから。



歩はキープ扱い同然なのだ。



そう思うと途端に腹がたってきて、あたしは乱暴に次の授業の教科書を取り出した。



歩はリナの誘惑に負けたりしていないだろうか?



ふと、そんな不安が過った。



今みたいにリナに可愛い素振りをされて、心が揺らいでしまったりしていないだろうか?



女子生徒はみんなリナの本性を知っている。



だけど、男子生徒はどうだろう?



考えれば考えるほど、不安は膨らんでいく。



そしてふと思ったんだ。



歩の好きな人って、誰だろう……。

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