第6話
石段からわざと落下するという暴挙に出た歩だったが、結果は変わらず。
現実はアニメやドラマの世界よりも甘くないと言う事がよくわかった。
一旦保健室に行き、ついさっきできたばかりの傷口を消毒する。
あたしの体は歩に抱きかかえられていたからほとんど無傷だったけれど、歩の方が傷だらけだ。
「女の子がこんなにケガしてどうするの」
保健室の先生が呆れたようにそう言った。
歩は頭をかいて「ごめんなさい」と、言う。
そしてあたしの方を見て「ごめん」と、小さく呟いた。
あたしの体をケガさせてしまった事に謝っているようだ。
まぁ、いいけどね。
大きなケガではないし、歩のおかげであたしは痛い思いをせずに済んだんだし。
ひと通り手当てが終わってあたしたちは保健室を出ていた。
「ほんと、ごめんね」
申し訳なさそうな顔でそう言う歩。
「別に、あたしはなんともないから大丈夫だよ」
「傷口、ちゃんと綺麗になると思うけど……」
「大丈夫だって言ったじゃん。でもまぁ、いきなり石段から落ちるのはもう嫌だけどね」
そう言うと、歩は更に眉を下げてもうしわけない顔になってしまった。
まるで怒られた犬のようで、少しだけ可愛いと感じてしまう。
「とにかく、今日1日を乗り越えなきゃね」
自分たちの教室が見えてきて、あたしはそう言った。
あたしは歩として、歩はあたしとしてちゃんと1日を過ごすんだ。
「うん」
歩が頷き、あたしたちは少し距離を置いて歩き出した。
元々そこまで仲がいいわけじゃないから、一緒に歩いている事は不自然なのだ。
「よぉ、歩!! 昨日は大変だったな!!」
教室へ入ると同時に、歩と仲の良い荒川純(アラカワ ジュン)が声をかけて来た。
純は背が高く、校内でもイケメンの部類に入る。
しかし趣味は歩と同じスプラッター映画の鑑賞で、あまり女の子に興味がなさそうだった。
そんな純に声をかけられて、あたしは一瞬固まってしまった。
歩とは何度か会話をしたことがあったけれど、純と一対一で会話をするのは初めてのことだった。
「あ、あぁ。大変だったよ」
ぎこちなくそう返事をして笑顔を浮かべる。
つい演技くさくなってしまったけれど、純は気が付いていない。
純はあたしの肩を抱くと「ほんと、心配したんだぜ?」と、顔を覗き込んできた。
イケメンに至近距離で見つめられてあたしの心臓はドクンッと大きく跳ねた。
「おいどうした? いきなり顔が赤くなったけど」
純が慌てたように聞いてくる。
あたしはブンブンと左右に首をふった。
「な、なんでもない」
「ほんとかよ? 熱でもあんじゃねぇの?」
そう言ってあたしの額に手を伸ばしてくるものだから、あたしはあからさまに身を避けてしまった。
これ以上近づかれて、しかもおでこに触れられて平気でなんかいられなかった。
あたしだって彼氏の1人くらい今までいたし、それなりに経験もある。
だけど、純のかっこよさは人並み外れているのだ。
ようやく歩の席に座り、ホッと息を吐き出した。
そして周囲を見回す。
みんなこの前までと何も変わっていない様子だ。
変わってしまったのは、あたしと歩だけ。
歩はクラスに入るやいなや、カレンに声をかけられて戸惑いながらも会話を続けている。
頑張って女言葉を使っているその様子に思わず笑ってしまいそうになった。
「なぁ、歩! このゲームの攻略法を教えてくれよ!」
席に座って安心したのもつかの間、クラスメートの高瀬が声をかけて来た。
高瀬は背が低く、横に大きい。
黒縁メガネをかけていて、毎日ゲームを学校に持って来ているゲームオタクだ。
一見歩とは府釣りあいに見えるけれど、実は歩もゲームが好きということで以外にも2人は意気投合しているのだった。
「えっと、これはぁ……」
このゲームの事も、昨日のうちに歩に色々聞いていたんだ。
高瀬が最近はまってるからもしかしたら攻略方法を聞きに来るかもしれないと言っていた。
あたしは鞄からゲームの攻略本を取り出して開いた。
歩が重要な所に付箋を貼りつけてくれている。
ゲームの攻略法まではさすがに覚えることができなかったから、この本を持ってきたのだ。
「これのこと?」
「そうそう! さっすが歩! 役に立つなぁ」
なんのことだかわからないけれど、とにかく役に立ったならそれでよかった。
ゲームの攻略本を食い入るように見ている高瀬。
その時だった、教室の後ろの方から女子生徒たちの微かな声が聞こえてきて、あたしは振り向いた。
数人の生徒たちが集まり、高瀬の悪口を言っているのが聞こえて来る。
歩は女子生徒たちから人気があるから、高瀬なんかと仲良くしていることが気に入らないのだ。
でも……高瀬は歩の友達だ。
そう思うと胸が痛くて、耳を塞いでしまいたくなった。
あたしが女子生徒たちの仲に一緒にいた時は全然気にならなかったことなのに、どうしてだか気になる。
高瀬もコソコソと悪口を言われていることがわかっているようで、攻略を終わらせるとすぐにあたしから離れようとした。
そんな高瀬の手をあたしは掴んで止めていた。
「どこ、行くんだよ」
思わずそう声をかける。
高瀬のことなんてほっておけばいいのに、なぜだかそうはできなかった。
今あたしは高瀬の友人なんだ。
友人が悪口を言われて、目の前から逃げようとしているのを黙って見ているなんてできなかった。
「え?」
「ここでやればいいだろ、ゲーム」
ゲームなんて全然興味がないのに、そう言っていた。
高瀬は驚いたように目を見開き、次にとても嬉しそうな表情を浮かべた。
「俺にも見せてよ。そのゲーム」
そう言い、あたしは隣の椅子をポンッと叩き、高瀬に座るよう促した。
「あ、あぁ」
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