第5話
翌日、目が覚めたあたしは見知らぬ部屋に戸惑った。
そして徐々に昨日の出来事を思い出していき、すべてを思い出した時には全身の力が抜けていた。
「ここは歩の部屋……」
そう呟き、自分の部屋よりはるかに綺麗な歩の部屋を見回した。
疲れてしまっていたあたしはあれからすぐに眠ってしまったため、スマホを確認していない事を思い出した。
鞄からスマホを取り出し、確認する。
歩と相談した結果スマホは自分のものをちゃんと使おうという判断になったので、これは正真正銘、あたしのスマホだった。
さすがに、友人たちからのメールまでごまかしながら打つ事はできないという事になったのだ。
昨日のことがあったため、メールホルダには沢山のメールがたまっていた。
親友のカレン。
クラスメートたち。
その1つ1つに返事をしていく。
今日も学校なんだから登校してから直接返事をすればいいのだろうけれど、今のあたしにはそれもできなかった。
どうにか全員にメールを送信したあたしは慌てて学生服に袖を通した。
着慣れないズボンに足がゴワゴワしたように感じられる。
夏服のため思っていたよりも生地は薄いけれど、やっぱり少し暑いかもしれない。
真夏に黒いズボンをはいている男子生徒の苦労が少しだけ理解できたところで、あたしは歩の鞄を持って一階へと向かった。
まっすぐダイニングへと向かう。
「おはよう」
ドアを開けてそう言うと、歩の両親が笑顔で出迎えてくれた。
歩のお父さんは背が高く、肩幅の広いガッチリ体型だ。
昔はスポーツでもしていたのかもしれない。
「おはよう、歩。今日はもう大丈夫なの?」
あたしが着替えて下りて来ると思っていなかったのか、お母さんは驚いた顔を浮かべている。
「あぁ。もう大丈夫だよ」
あたしはそう言い、笑顔を見せた。
「そう。でも無理はしちゃダメよ? 昨日階段から落ちてるんだから」
「わかってるよ」
あたしは違和感のない返事をしながら、椅子に座った。
テーブルには目玉焼きとこんがり焼かれたベーコンが置かれていて、途端に腹の虫がグーと鳴りだした。
昨日は結局、夕飯も食べていなかったのだ。
あまりにグッスリ眠ってしまって、起こされる声さえ聞こえなかった。
おかげでお腹はペコペコだ。
「いただきます!」
あたしは元気よくそう言うと、朝ご飯にかぶりついたのだった。
☆☆☆
トイレとお風呂だけ我慢すれば、家での生活はどうにかなりそうだった。
あたしは学校への道のりを歩きながらそう思う。
だけど、いつまでも両親を騙し通せるとは思えない。
早いうちに解決策を見つけなきゃいけない。
そう思うと自然と歩調は速くなり、昨日の石段までやってきていた。
あたしはその手前で足を止める。
昨日、ここで歩とぶつかり、2人で転げ落ちてしまったんだ。
思い出しながら石段の真ん中に付けられている手すりに触れる。
手すりは所々は禿げて赤く錆びた鉄が見えている。
「おはよう」
そう声をかけられて振り向くと、あたしが立っていた。
「おはよう」
あたしは歩へ向けてそう返事をする。
「自分に挨拶するって、変な感じだな」
歩はそう言うとポリポリと頭をかいた。
「あたしも、そう思ってた」
そう言い、クスッと笑う。
あたしと歩だけの特別な会話をしているようで、少しだけ胸が暖かくなった。
歩の事は好きではなかった。
でも、こうなってしまった以上意識するなと言う方が難しい。
「今日もここから行くのか?」
「うん……なんとなくね」
あたしはそう返事をして石段を見つめる。
「よくさ、入れ替わった時と同じくらいの衝撃を受ければ元に戻るって言うよな」
歩が石段を下りながらそう言った。
実はあたしも今それを考えていたところだったのだ。
テレビや漫画の世界では、衝撃を受ける事で心がもとに戻るという設定が多い。
先を歩いていた歩が不意に振り替えて、あたしを見上げて来た。
「やってみる?」
「へ?」
あたしは瞬きを繰り返して歩を見た。
「ここから落ちてみる?」
そう言われ、あたしは強く首を振った。
石段から落ちるなんてそう毎日するものじゃない。
それに、打ち所が悪ければ本当に死んでしまうかもしれないんだ。
「だよな、もっと他の方法を探そうか」
歩はそう言い、前を向いてまた歩き出す。
あたしはホッとしてその後に続いた。
今日も心地よい風が吹いている。
石段を半分ほど下りた時、歩が不意に立ち止まった。
「なに?」
そう聞くと、「あれ、見て」と、歩が学校がある方向を指さした。
しかし、何も見えない。
「なんのこと?」
首を傾げながら歩の隣に立った……次の瞬間。
歩の腕があたしの腰を掴み、同時に体のバランスを崩したあたしたちは石段の下へと落ちていた。
無意識の内に頭をかばう。
歩があたしの体を強く抱きかかえる。
その状態で、体に強い衝撃を受けた。
「いてて……」
歩が顔をしかめて上半身を起こした。
あたしは何が起きたのか理解できず、茫然と空を見上げる。
「う~ん、やっぱり変化なしか」
自分の体を見下ろして歩はそう呟いたのだった。
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