第3話

それから少しすると救急車の音が聞こえてきて、外からバタバタとあしおとが聞こえて来た。



何事かとドアへ視線を向けていると、青い顔をした担任の先生と救急隊員が入ってきた。



「お前たち、気が付いたのか!」



あたしと歩を見て小田先生がそう声をあげた。



「あ、はい……」



歩が小さな声で答えた。



「よかった。2人とも石段から落ちて意識を失ってたんだぞ。近所の人が保健室まで運んできてくれて、慌てて救急車を呼んだんだ」



早口でそう言う先生の目には涙が滲んでいる。



いつも仏頂面をしている事で有名な小田先生の涙に、あたしはたじろいてしまった。



よほど心配をかけていたようで申し訳なくなる。



「今日は念のために2人とも検査しておきましょう。無理はさせない方がいいと思います」



救急隊員の1人が小田先生へ向けてそう言った。



小田先生は何度も頷き、「検査が終わったらそのまま帰っていいぞ」と、言ったのだった。


☆☆☆


それからあたしと歩の2人は救急車に乗り、街で一番大きな総合病院へと運ばれていた。



院内は薬品臭くて、あたしはしかめっ面をした。



そんなに苦手な臭いではないけれど、今日はやけに鼻についた。



「あれ? 俺消毒の臭いとか苦手なんだけど、今日は気にならないなぁ」



ぽつりと歩が呟いた。



「え、そうなの?」



「あぁ」



もしかしてそれって、あたしと歩の心が入れ替わってしまったからだろうか?



そんな事を考える。



まぁ、ここで精密検査をしてもらえばきっと治る方法も見つかるよね。



あたしはそう思っていたのだった。


☆☆☆


それから一時間後。



あたしと歩は一通りの検査を終えていた。



検査結果は異状なし。



体のあちこちに打ち身があるためシップをもらって終わりだった。



病院を出てあたしと歩は同時に立ち止まる。



そして、互いに顔を見合わせた。



「異常なしだって」



歩が言う。



「うん……」



あたしは頷く。



異常なしと言う事は、元に戻る方法がわからないと言う事だった。



「どうする、これから」



「どうするって言われても……」



歩の質問にあたしは首を傾げた。



心が入れ替わってしまった経験なんて今までの人生1度もない。



どうしていいのかなんて、あたしにだってわからなかった。



「……とにかくさ、俺たちもう少しお互いの自己紹介をしようか」



「自己紹介?」



「あぁ。学校でも会話はするけれど、それほど仲が良いってわけじゃなかっただろ? それなのに心が入れ替わって。いつどうやったら戻れるかもわからない。


とにかくお互いの事を知るところから始めた方がいいと思うんだ」



歩はよどみなくそう言った。



確かに歩の言う通りかもしれない。



いつ、どうやって元に戻れるかわからない。



それはとても怖い事だったけれど、相手がクラスメートの歩だったという事で、なんだか安心もしていた。



これが全く見知らぬ強面のオジサンとかだったら、泣いて逃げていただろう。



あたしと歩は病院の近くにある公園へと移動して来ていた。



太陽はどんどん高くなり、日差しが暑い。



あたしたちは木陰のベンチに座り、自販機で買った冷たいジュースを飲んだ。



「で、まず俺の名前なんだけど」



「庄司歩。知ってる」



「だよな。俺もマホの名前は知ってるからいいとして、家はどこ?」



「学校裏の丘の上だよ」



「そっか。家も近くなんだな」



歩が頷く。



だから今朝あの場所で鉢合わせをしてしまったのだ。



「でも、今まで通学路で会った事はないよな?」



歩にそう言われ、あたしは頷いた。



「あたし、あの石段はめったに使わないの。急だし狭いから危ないでしょ?」



「あぁ、確かに」



歩は少しだけ笑ってそう答えた。



「だから普段は少し遠回りをして広い道を歩いて行ってるの」



「だからいつもは会わなかったんだな」



歩は毎日あの石段を利用していたのだろう。



「そうだよ。今日に限って寝坊しちゃって、あの石段を使ったの」



あたしはため息を吐き出してそう言った。



「そう言えばさ、俺たち言葉使いも気を付けなきゃいけないな」



「え?」



「ほら、だって見た目女なのに『俺』とか言ってたらおかしいだろ?」



「あぁ、そうだよね」



「俺……じゃなくてあたし、オカマに見られても嫌だしね」



そう言われて、あたしは思わず笑ってしまった。



確かに、歩の外見で女言葉を使っているとオカマっぽくなってしまう。



そこは気をつけてあげなきゃいけないところだ。



「わかった。気を付ける」



それからあたしたちは、クラス内で中のいい生徒たちの名前を言い合った。



毎日見ているからなんとなくわかっていたけれど、念のためにだ。



歩の趣味はロックバンドのCDを聴く事。



好きな映画はスプラッター系。



得意科目は体育で、苦手科目は数学。



あたしは言われることを一応メモしておいた。



これからの生活に必要になる事がるかもしれない。



それでもピンチになった時は、怪我のせいで細かな部分は忘れてしまったという事にすることで、話はまとまったのだった。

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