第4話

原因はお父さんが減給されたこと。



今年に入ってから勤めている会社の経営が思わしくないらしく、夏のボーナスも半減していたらしい。



それでもあたしの家は裕福と言えた。



祖父が資産家で本当は働かなくてもいいくらいのお金を持っている。



それなのにお母さんは夏頃からパートとして働き始め、職場環境に馴染むのに時間がかかっているようだ。



仕事を辞めればいいのにと思うが、1度初めてみたことを簡単にやめる事はお母さんのプライドが許さなかった。



自分だってできるというところを、あたしやお父さんに見せたいのだ。



毎日の喧嘩も必死で隠しているようだけれど、その声はあたしの部屋まで筒抜けだった。



あたしは鞄を掴み、部屋を出た。



リビングには顔を出さずに玄関へ向かう。



「音、朝ご飯は?」



あたしが階段を下りて来る音に気が付いたお母さんが顔を出してそう言った。



「いらない」



そっけなく言い、玄関を出る。



途端に家の中からお父さんの愚痴が聞こえて来た。



「最近の音はどうしたんだ。お前がしっかり見てやらないから……」



うっとうしい。



その声から逃げるように早足で家から遠ざかったのだった。


☆☆☆


「おはよう音~」



「おはよう」



友達に声をかけられて、挨拶して、自分の席に座って、授業を受けて。



それで家に帰ったらまた両親は喧嘩をしている。



なんだかなにもかもがつまらなかった。



なんでこんな毎日を送らなきゃいけないのか、疑問になってくる。



友達に合わせて笑う事はあっても、心から大笑いできることはほとんどない。



友達と一緒に陰口は言っても、本当に大嫌いだと思える相手もいない。



逆に、大好きだと思える人も、いない。



家にいても同じだった。



本気で興味を持てるものが見つからない。



そこそこ勉強をしていれば怒られることもない。



両親の喧嘩を見て見ぬふりをして、何事もなくやり過ごしていくだけ。


そんな毎日が退屈で、退屈で……。



「ちょっと、いい?」



放課後になり見たこともない先輩から呼び止められた。



制服を着崩し、髪の毛をフワフワに巻いている。



化粧が濃くて本当の顔が可愛いのかどうかわからない。



「はい?」



気のない返事をした瞬間、先輩の拳があたしの頬を打ちつけていた。



一瞬、目の前に星が瞬いて見えた。



「調子に乗ってんじゃねぇよ!」



先輩はそんな捨て台詞を吐いて、あたしの前から消えてしまった。



は……?



あたしはキョトンとしてその後ろ姿を見送る。



叩かれた頬がヒリヒリと痛む。



「音、大丈夫?」



そんな声がして振り返ると、クラスメートが立っていた。



「いきなり殴られたんでしょ? ひどいよねぇ」



その言葉にあたしは薄ら笑いを浮かべた。



黙って見てたのかよ。



そう思うが、口に出さない。



「さっきの、誰?」



「音知らないの? 神田先輩の元カレだよ」



「……神田って誰?」



聞き覚えがあるような、ないような苗字に首を傾げた。



「この前音に告白してきた人だよ」



あぁ。



そうだったんだ。



興味がなくて覚えていなかった。



っていうかあの人、彼女いたんじゃん。



そう思うと、なぜか笑えた。



「音、保健室について行こうか?」



「いい」



あたしはそう言い、1人で歩き出したのだった。


☆☆☆


記憶を辿っていたあたしは左頬がまだ少し痛んでいることに気が付いた。



今は6畳ほどの部屋にいる。



部屋の中にあるのは小さなテーブルと裸電球だけ。



他には何もない空間。



目が覚めてから手足を手錠で拘束されていることに気が付いて、何度か声を上げて見た。



けれど、誰からもどこからも反応はない。



あたしはおそらく拉致監禁されたんだろう。



そこまでの経緯を思い出して見ても、ロクなもんじゃなかった。



両親の喧嘩や友達の顔を持つ好奇心の塊や、彼女持ち最低野郎の告白や右頬の痛みを思い出しただけだった。

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