第3話

それからあたしは今日の出来事を思い出していた。



いつも通り学校へ行き、いつも通りの時間に教室を出て、そのままバイト先へ向かった。



週3回、決まった曜日に出勤しているアルバイト。



帰りの時間もいつも同じだった。



犯人はきっとあたしの生活パターンを把握していたに違いない。



あたしが1人で裏路地を帰っていることも、どこからか見ていたのだろう。



いつ誘拐するか、今か今かとタイミングを見計らっていたのかもしれない。



そう思うと悔しくて唇をかみしめた。



いつも通りの日常だと思って油断していた。



もっと注意深く行き帰りをしていれば、変化に気が付いたかもしれないのに。



けれど、そんなことをして生活をしている人なんて滅多にいない。



あたしは完全な被害者だ。



自分が悪いなんて、考えなくてもいいことだ。



そう思い直し、深くため息を吐いた。



さっき男が持っていた食事は手つかずだった。



なにか変なものを混入されているかもしれない。



例えば、毒とか。



うかつに手は出せなかったし、現実離れした状況のせいで空腹感はなかった。



あたしは誘拐されて、そして今は監禁されている。



犯人の目的はなんだろう?



あたしの家はそれほどお金持ちというわけじゃない。



あたしだって、高校に入学してすぐの頃から今のアルバイトを始めている。



金銭目的じゃなさそうだ。



だとすれば……。



あたしは拘束されている自分の体を見おろした。



女子高生を監禁して楽しめる事と言えば、このくらいしか思いつかない。



もしくは、強制的に裏ビデオに出演させられるとか、人身売買とか。



どちらにしてもあたしから人権をはく奪するつもりとしか考えられなかった。



しかし、さっきから窓の外に意識を集中してみても人の話し声や足音は聞こえてこない。



この部屋はとても頑丈で音が聞こえないようになっているのかもしれない。



もしそうだとしたら、さっき叫んだのだって無意味なことだったんだろう。



無駄に喉が渇いただけかもしれない。



視線が自然と牛乳へ向かっていた。



空腹感はないけれど、喉の渇きは感じている。



緊張状態にあるし、やっぱりさっき叫んでしまったことが大きく関係してきているようだ。



あたしはゴクリと唾を飲みこんだ。



そっとコップに近づいて匂いをかいでみた。



いつも朝飲んでいる牛乳と変わらない匂いがしている。



飲んでも大丈夫だろうか?



そんな誘惑が頭をもたげてくるので、あたしは自分の首を大きく左右に振った。



ダメだ。



絶対に飲んじゃダメ。



犯人が用意したものなんて口にするべきじゃない。



強くそう思う事で、どうにか飲みたいという欲求を押し込めた。



それから数分が経過した時、再びドアが開いた。



ハッとして顔をあげるとさっきの覆面男が立っている。



「あたしをどうするつもり!?」



咄嗟にそう言っていた。



男は覆面の穴からチラリとこちらへ視線を向けた。



顔は見えないハズなのにその視線は刺すように鋭くて、たじろいてしまった。



男は何も答えずに残ったままのパンと牛乳を持って部屋を出ようとした。



「待ってよ! あたしの体が目的なの!? この変態野郎が!」



あたしは男の背中を睨み付けてそう言った。



そうでもして引き止めないと、この後いつこの男が部屋にくるかわからなかったからだ。



本当は怖い。



体が小刻みに震えている。



けれど、男が立ち止まって振り向いた。



その目は相変わらず鋭い。



「あたしを売るつもり? 女子高生っていい商売になるの? ねぇ、教えてよこのド変態!」



そう怒鳴りつけると、男が体の向きを反転させてあたしに向き直った。



少しはこっちの言葉を気にかけたようで、内心ニヤリと笑う。



しかし次の瞬間、あたしは食べていなかった食パンを無理やり口にねじ込まれていた。



パンで口をふさがれ、声が出ない。



男はそのまま何も言わずに部屋を出たのだった。



最低な日~音サイド~


「どうしてわかってくれないの!」



「俺だって毎日仕事で忙しいんだよ」



「また仕事に逃げるつもり!?」



「お前はうるさいなぁ朝から」



リビングから聞こえて来る定番の喧嘩。



あたしは欠伸をしながらベッドを下りた。



最近の両親の喧嘩は日常茶飯事だった。



お父さんが仕事へ行く前に1回。



仕事から帰ってから1回。



2回は必ず喧嘩をする。

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