第2話 知っているのに知らない人

 階段から落ちて死んだはずの私が次に目を覚ましたのは、ベッドの上だった。何だ、結局助かったのか。そう思い視線を巡らせると、どう考えてもこの場所は病院ではないことに気づく。見覚えのあるコンクリート打ちっぱなしの部屋、全ての性能について詳しく説明できてしまう機械の数々、そして私を覗き込む顔。


「大丈夫?どうしてここにいるかとかわかる?」

「…わ」

「わ?」

「わかりませんっ!!!!!」

「うお、声でか」


 私の目の前にいたのは、大好きな七色戦隊レインボーズのレインボーレッド、赤江緋色あかえひいろだった。似ている、そっくりだ、赤江緋色役の秋山圭祐あきやまけいすけに。しかし、全く同じ人というわけではない。違和感があるのだ、顔は確かに同じなのにどこかが違うような。


「髪…」

「髪?ああ、そういや最近染め直してないな」


 今秋山はドラマで31歳のアイドル役を演じていて、見事な金髪姿。一方で目の前の彼は、頭頂部は赤色で全体的には茶髪という奇妙な髪型をしている。それは正に、赤髪を隠すためにわざわざ定期的に茶色く染めているという緋色の様だ。まさかこの人は本当に。


「赤江…緋色…さん?」

「そうだけど、どこかで会ったことあったっけ?」

「え?本当に?」

「質問で返されちゃった。本当だよ。俺は赤江緋色」

「レレレレレレレインボーレッドですよね?!」


 レインボーズは自分たちがヒーローであることを隠している。赤江緋色と名乗るその男は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに何を考えているかわからない表情に戻った。何というか、緋色はこんなに表情の乏しい人間だっただろうか。そんな風に冷静に考えられてしまう、自分がちょっとだけ怖い。こんな時でもオタクなのか。


「レ多いな。前助けたことあったとか?」

「あ、いや、その…」

「悪いね、俺人の顔覚えるの苦手でさ」


 そんな設定ありましたっけ。


「まあ、起きたばっかだし少しゆっくりしていきなよ。何があったのかは知らないけど、言いたくないこともあるだろうし、無理には聞かない」


 何だこれ。夢?夢なのか?でも夢ならもっと…推しに会わせてくれればいいのに。いや、緋色ももちろん好きだし、他のメンバーも好きだけれど。でもどうせならば、あの人に会いたかった。


「あの…他の方は…?」

「ああ、他の奴らは学校とか仕事とか。俺はカフェの手伝いしてる」

「カフェ・クレオメ…」

「そうそう。あ、もしかしてクレオメのお客さんだった?びっくりしたよ、店の前でぶっ倒れてて。そっから三時間くらいぐっすり眠ってたんだよ、時々寝言とか言ってるし」

「え、私クレオメの前でぶっ倒れてたんですか?!」

「君、本当に何もわからないの?自分のことは?名前とか言える?」


 これが夢であるとしたら、余りにもリアル過ぎる。でも、夢でないのなら本当に意味が分からない。レインボーズのラボのベッドに自分が寝そべっている事実。レインボーグリーンの詩歌ちゃんがよく昼寝をしていたベッド…


「名前は…水野青空みずのそらです。青空って書いてそらって読みます。年は21歳、朱火女子大学三年生で、住んでいるところは淵野辺…」

「淵野辺?」

「淵野辺わかりませんか…?町田の近くなんですけど」

「町田…も良くわからないな。どこにあるの?」

「町田、ないんですか?」


 七色戦隊の世界では、全ての土地に色の名前が付いている。レインボーズの中で、緋色を始めとした同い年の三人は生まれも育ちもシノノメ町出身。カフェ・クレオメもシノノメ町にある。


「ここは、シノノメ町ですか?」

「そうだよ。それはわかるんだな」

「ヒイロ!さっきから誰と話しているのダ」


 緋色の後ろからまたまた聞き覚えのある声がする。


「おう、お前も起きたか」

「サケトバ…」

「何、君サケトバのことも知ってるの?」


 サケトバとは小さな猫型のロボットで、おじさんの声で喋る七色戦隊のお助けキャラだ。知らないわけがない、だって私は父にサケトバのおもちゃを買ってくれと泣きながら強請ったのだから。小さい頃の写真は、いつだってサケトバと一緒に写っている。スイッチを押すとサケトバと話せるおもちゃで、下手をしたら親の声より聞いていたかもしれない彼の声。何だかテレビ越し聞くよりも、ずっとおっさんぽい。


「そのオンナ、変だゾ」

「俺もそう思うわ。何か不思議な子拾ってきちゃった」


 どうやら私は本当に、七色戦隊の世界に来てしまったらしい。流石にそう、信じざるを得なかった。

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