武蔵国で国造り

サンポ

武蔵国

「ショウタや、近くの神社行ってお供えしてきてくれんかえ」


俺は祖母にたのまれて、近くの神社にやってきた。

ふと境内にあった池が気になったので覗いてみる。


が、手をついた石がぐらぐらと揺れ、石に全体重を預けていた俺の体はバランスを崩し、そのまま池にダイブした。何が起きたのか理解できずとにかく手足をバタつかせた。


「お主、何をしておる」


俺は地面の上を泳いでいた。

すぐに体を起こすと、背丈は同じぐらいの袴を着た男の子が立っていた。


「いやぁ、池に落ちちゃって……」

「池などないが」

「いや、ここに……」

振り返り地面を指さす。

さきほど落ちた池が無くなっている。


「まぁよい。すぐに国造りを始めるぞ」

「国造り?というか君は誰?」

「お主、小太郎しょうたろうを忘れたとは言わせんぞ。我らは大神より国造りの責務を課されたのじゃぞ」


「……」


これは夢か?


なんだか様子が変だ。さっき落ちた池が無いのはもちろん、神社を囲う木々も屋久島に生える原木のようにでかい。


「ここって三鷹市だよね?」

「みたかし?ここは我が父上が統べる領土、武蔵国じゃ」

「むさしのくに…?西暦は何年?」

「西暦…暦のことか。人間界では大化3年じゃ」


時間を置いて、冷静になった俺は小太郎を質問攻めにし、ようやく状況を理解した。


俺は2021年から647年にタイムスリップした。そして神見習いという役職になっていた。神見習いというのは簡単に言うと神様の見習い。年に1、2回お願い事をするあの神様。神見習いは基本的に2柱一組で行動を共にし、俺は小太郎の相方らしい。


俺と小太郎は今回、神見習いを卒業するための課題を大神から賜った。武蔵国の中に小国を造り繫栄させろと。


「うーん。でも国って造れるの?」

「人間を呼び、環境を整え、維持すればやがて国はできる。じゃが我らを崇めさせることも忘れてはならん」

「めんどくさそう。俺は見習いのままでいいからさ、小太郎だけで造りなよ」

「ならぬ!我の力は大地の創造、お主の力は人間の導き。我だけでは人間に干渉することはできぬ」



小太郎と俺には神の力の一部が与えられたらしい。

お互いに助け合って国造りを成功させろとの意味なのか、神のやることも人間と大して変わらないんだなと思った。


それにしてもやっかいだ、早く元の時代に戻りたい……


その後、小太郎が力を試してみたいと言うので、何もない平原にやってきた。


「で、何創るの?」

「わからん。まだ自分の力がどれほどのものか知らんのじゃ」

「じゃあ川でも創ってみたら?」


小太郎はうなずき、両手を空に向けて仰ぎ目を閉じ、ぶつぶつと何か言い始めた。

すると次の瞬間、辺り一面光に包まれた。光がおさまったことを確認し、目を開ける。


「これは……川?」

川というよりもドブに近い。


「今の我ではこれが精一杯じゃ。まずは力を蓄えねば」

小太郎は悔しかったのだろうか、声がさっきより不安定に感じた。


「どうやって力を蓄えるのさ?」

「人間の信仰が我らに力を与える」


ふーんそうなんだ。


「というわけでお主の出番じゃ」

「えっ?俺?」

「そうじゃ!我らは直接人間に干渉することはできん。故にお主の力が役に立つ。それとなく人間に天啓を与えるお主の力がな」

「でもどうやって力を使えばいいのかわかんないよ」

「人間達の姿を想像し導けばいいんじゃ。ふわっとな」


ふわっとって……


「ちょうどあそこに人間がおる。試してみよ」


とりあえず小太郎の動きを真似てみる。両手を高く上げて、目を閉じぶつぶつぼやく。ぼやく言葉は適当で、踊りたくなるとかそんなことを言った。

すると、そこにいた人間が急に踊り出した。


「できるではないか」


自分の中に熱いものを感じた。


その後も何度か練習を重ね、自分が持つ力について段々と理解した。

最初に力を使った時のように、直接的に人間の行動を変えてしまうことは同時に1人にしか使えない。


その代わり人間にそっと手を貸すような変化は複数人に施すことができる。例えば、人間同士がお互いを助け合った時、力を使うことで人間達に心地よい感覚をもたらすことができる。そうすることで人間達は積極的に人助けを行うようになる。


これから俺と小太郎は本格的に国造りを行っていくことになる。



始めは神社以外ほとんど何もなかった土地だったが、小太郎が大地を耕し、豊富な地下水を引くことで人間が集まり始めた。人間達は耕された大地に種を植え、水を汲むための井戸も作った。そして木を伐り、土を固め、雨風をしのぐ家屋を建てた。


小太郎はとにかく地下水の豊富な土地を耕し続ける。そして俺が人間達を定住したいと思わせていく。するといつしか人間達は互いに協力して暮らすようになり、集落ができた。始めの内は集落の規模は十人程度だったが、今は百人規模まで大きくなった。


そうなると自然にリーダーのような存在が現れるらしい。

その人間が出てきてから俺の力の使いどころは限定されていった。リーダーの言動や行動を観察し、この集落の利益になるように導いていけばよくなったからだ。


さらに人間達の勢いは止まらなかった。自らの力で大地を耕し、森を切り開き、新たな土地を手に入れる。


だから小太郎も俺と同様、力を使うことが少なくなった。


「なぁ小太郎、人間ってこんなにも逞しいんだな」

「あぁ、これほどまでとは」

「俺たちもう要らないんじゃないか?」

「確かにな。そう思えるほどに我らの集落は自立し大きくなっている」

小太郎はそう言って、少し悲しそうな表情を浮かべた。


小学生の頃、家族総出でばぁちゃんの家に行き、散々遊んだ後、そろそろ家に帰ると言われて、急に寂しくなったことを思い出す。


「もう少し見届けていくか!」


俺はそう言って小太郎の肩に手を回した。普段触られることを極端に嫌う小太郎だったが、この時は何も言わず、ただ俺と同じ方向を観ていた。



それから何日か経ち、事件は起きた。



集落同士の争いだ。

俺たちの集落が、山の集落に目を付けられた。


このところ山では動物が減り、食べ物も少なくなってきていた。そこへきて俺たちの集落は徐々に土地を広げ、食うに困ることはほとんどなくなっていた。


これ以上力をつけないうちに叩いておこうという腹だろう。


「小太郎どうする?民たちを逃がすか?」

「いや、ここへきてすべてを失うなど……」

「でも、この集落に戦える人間はいない!」


小太郎は何も言わなかった。


最初はたった一人の人間から始まった国造り。人間達が住みやすいよう大地を耕し、水を引いた。そして根付いた人間達は何日も、何ヶ月も、何年もかけて繫栄していった。それを俺たちは観てきた。この一瞬のうちに決断しろなんて無茶な話だ。


俺たちが逡巡しているうちにも山の集落の勢いはとまらない。日頃から動物を狩り、険しい山中を走り回っているため力の差は歴然だった。


「いったいどうすりゃ……」

俺が途方に暮れていると、小太郎が口を開いた。

「逃げよう」

小太郎は俺に、集落の長を操り民たちを逃がすよう指示した。



逃げ切れた民は半数ほどだった。

疲れと、不安で頭がいっぱいなのだろう。民たちはぐったりと膝を落としている。

俺も小太郎も頭の中が真っ白になっていた。


「これからどうする?」

「わからぬ……」

力があっても気力が無ければ何もできない。


次第に辺りは暗くなり、俺たちはそのまま朝を迎えた。



「おい!見てみろ!」

ボーっとしていた俺に、小太郎が言う。

「……これは?」

「我らは正しかった」


昨日あれほどまでに落胆していた民たちが働いている。

なけなしの食料を使って料理を作り、皆にふるまっている者。ありあわせの材料で家屋を作る者。土地を耕す者。


民達は生きる希望を失ってなどいなかった。むしろ今まで見てきたどんな時よりも逞しく感じた。


「すごいな……」

俺はいつの間にか涙を流していた。

「ああ、すごい……」

小太郎はなんだか誇らしげだった。



「あそこ見てみぃ」

小太郎が指さす方を見てみると、小さな神社ができていた。

「信仰心はまだ健在じゃ!」

「だな!ちょっと行ってみようぜ!」

そういって俺は小太郎をひっぱり、建設途中の神社までやってきた。


「近くでみるとまぁまぁでかいな」

「じゃがこれでは一人分の住む場所しか確保できん」

「そうか?」

そう言って俺は辺りを見回してみた。確かに狭いかもしれないと思った。

でも仕方がない。神社を建ててもらえるだけでありがたい。

すると、小太郎は何かを見つけたらしく歩き出した。


「どうした?」

「ここから水が沸いておるじゃろ。久しぶりに力を使ってみようかとな」

小太郎がそう言ってすぐ、辺り一面が光に包まれた。


目を開けると、公園の砂場ほどの大きさの池が出来上がっていた。


「この池……」

「我らが人界に降り立った時にお主、池がどうこう言っておったろう。それを思い出してな。ただの気まぐれじゃ」


間違いない。俺がこの世界に来る前に落ちた池だ。

もしかすると……


「小太郎。俺、お前と一緒に国を造れてよかったよ」

「なんじゃいきなり」

「きっとお前は立派な神様になって、もっと大きな国を造っていくんだろうな」

「お主こそ良い国を造ることになるぞ」

「いや、俺はもう国は造らないよ」

「なぜじゃ?」

俺は黙って小太郎を見た。小太郎も何かを察したらしく何も言わず、ただ池の方を見ていた。


「お主が決めたのなら止めはせぬ」

「ありがとう。また会えたらいいな」

「ふん。我は常にここにおる」

俺はそっとうなずいて池に飛び込んだ。




気づいたら俺は泥まみれで池の中に突っ立っていた。


さっきまでのことは夢だったのだろうか。そんなことをうすぼんやり思いながら辺りを見回すと、すぐそばに立て看板があることに気づいた。



何か書いてある。



『誓いの池』

この池の前で約束を契った者同士は

必ず約束を果たすという言い伝えが

ある。



生暖かい風が、泥まみれになった顔を撫でる。

不思議と気分がいい。

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武蔵国で国造り サンポ @rururu03

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