アイドルってなんですか
次の補習の日、少し早めに学校へ向かった。電車の中でパズルゲームのレベルを上げ、ボーナスアイテムをゲットした。家で虫除けスプレーをしてくるのを忘れて、膝頭を蚊に刺された。
やっぱり刈田くんは先に着席していて、その耳には白いイヤホンが突っ込まれていた。
ガラス窓から差しこむ陽光が刈田くんのワイシャツを白く浮かび上がらせている。そのまま体ごと透けて消えそうな気がした。ピッ、と水泳部がホイッスルを吹く音がこの2階まで届く。
「昨日さ、なんか……あたしが何とかに似てるって言わなかったっけ」
前日の会話を思いだし、わたしはなんとなく確認したくなって訊いてみた。
刈田くんの肩がわずかにぴくりと動いた気がした。
「ああ、うん、ネリに」
「ネリってなんなの? 誰?」
刈田くんの顔に、一瞬小さなためらいが浮かぶのをわたしは見た。そのまま視線を外さずにいると、刈田くんは机のフックに引っかけてある鞄からスマホを取り出した。その指がものすごい速さで液晶画面の上を移動する。
「これ」
差しだされた画面には、カラフルな衣装をまとった4人の女の子がいた。ライブ写真なのだろう、スポットライトを浴びながらそれぞれのマイクをさまざまな角度で握りしめている。
「『嘘つきマドレーヌ』。聞いたことない?」
「ごめん、ちょっとないかな……アイドル?」
「そう、でもね、ただのアイドルじゃないんだ。革新的なんだよ、オルタナロックなんだ。メディアにはまだそこまで露出ないけど夏フェスとかの常連だし、音楽好きはみんな注目してる。あ、ネリはこれ」
「はあ」
ショートボブのクールな顔立ちの女の子はオレンジ色の衣装だ。意志の強そうな眼差し。嘘みたいに脚が長い。モデルと言っても通りそうなスタイルだ。
ネリ、ユリヤ、アイカ、エナ。刈田くんはひとりずつ指差し、画面をスライドしてゆく。様々なシーンの彼女たちが現れる。
ぱっと目を引く華のある美貌を持つのは髪をツインテールにしたやや童顔のユリヤという子だったが、クール系の美人に似ていると言われたのがなんとなく嬉しかった。
「このときのライブはね、後半が生バンドだったんだ。信じられる? あの爆音のバンドサウンドに負けない力強いボーカルをこんな華奢な子たちが歌うんだよ、それもエネルギッシュに踊りながら。しかも神セトリでさ、初期の名曲をバンドセットでとかさ、それだけで俺泣いちゃったよ。古参は全員びーびー泣いてたな。あ、このときはまさかのニューアルバム全曲披露っていう豪華さで」
刈田くんのこんな長台詞を初めて聞いた気がする。口調には熱がこもり、どんどんボリュームが大きくなってゆく。この人、こんなに早口だったっけ、こんなキャラだったっけ。
そして距離がとても、近い。
近いんですけど。
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