第7話 憑き神
「おや、おかえり」
かけられた声にハッと我に返って顔を上げる。小屋の幕を少し持ち上げ、老女が開耶を迎えていた。
「その顔なら流鏑馬は首尾よくいったようだね。大祝の首は繋がったのかい」
開耶は頷いた。奇跡が起こったのだ。万感の思いで言葉が出て来ない開耶を後目に、老女は鶴岡若宮の参道へと目を移してニヤリと色素の薄い目を細めた。
「随分な色男に送られて来たじゃないか。見初められたのかい。ヒトは随分お盛んなことだね」
「そんなんじゃない」
老女のいる方とは反対の幕を上げて開耶は小屋へと入る。暗い小屋の中には今は何もない。
別れ際に望月重隆と名乗ったあの青年は、油断のない目で開耶を見ていた。
「禰禰(ねね)さま。もう鎌倉を出ましょう」
老女を振り返れば、老女は鼻の辺りに皺を大きく寄せた。
「やれやれ、この老いぼれにまた旅に出ろと?」
老女は四つん這いになると、ググッと大きく伸びをする。途端、その姿は白い年老いた猫へと変わった。
「あーあ、憑き神使いの荒い姫様だね。だから迦迦(かか)が家出するのさ」
「迦迦さまは帰ってくるわ」
「どうだかね。蛇だけどね、冬眠にしちゃ長過ぎると思うよ」
白猫は白く長い尻尾をピンと張り、それをブンと一回転させた。その途端に小屋の姿が掻き消える。
「ま、抱いて行ってくれるってなら、供をしてやってもいいけどね」
言うなり、白猫は開耶の腕の中に飛び込んでくる。
「で、今度はどこに向かうんだい?」
「奥州よ。おたあさまを探さなくては」
「おやおや、失せ人との縁は諦めた方がいいんじゃなかったのかい?」
「いいえ、母は生きてるもの」
唇を噛み締めて答える。禰禰は長い尻尾をくにゃりと折り曲げ、呆れたように海を眺めた。
「まじないしってのは難儀だねぇ。他人のことなら見えるくせに自分のことは見えないんだから」
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