第183話 「月がめっちゃ綺麗だよ」

(結衣)

 私が大好きな馬鹿は今、私の前で泣きながら謝っている。

 可哀想だとは思うけれど「ゆるしてあげる」とは一生言わないつもり。

 でも、私は満足しているの。

 状況はどうあれ、遂に私の事を「好き」って言わせたから……。


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 蒼汰が電車に乗ってから、私もコッソリ乗車した。

 こんな時間から、大きなリュックを背負って何処に行くのか、興味が湧いて来たから。

 ひなちゃんと美麗先輩との事で悩んでいると聞いたけれど、何をやっているのかしら……。

 何処で降りるのかと思っていたら終点まで降りなかった。

 その後もコッソリ付いて行くと、蒼汰は特急列車に乗り込んだ。

 面白くなって、私も乗り込む。


 蒼汰は二人掛けの席に独りで乗っていた。

 蒼汰の切符を確認した車掌が来たので、連れの様な顔をして「彼と同じ行先まで」と言って、これまでの乗車料金と合わせて清算した。行先は温泉街のある駅だった。


「お隣、宜しいですか?」


「あ、すいません。直ぐに荷物除けますね」


 そう言いながら、私の顔を見て蒼汰は固まっていた。


「ゆ、結衣! え、あ、何で? え?」


「あんたこそ、こんな所で何してるの?」


「えっ、いや、ちょっと、旅を……」


「はぁ? こんな時に独り旅とかどういう事よ」


「えっ、こんな時って……」


「ひなちゃんから全部聞いてるわよ!」


「……」


 目的地に着くまで、蒼汰から詳しい話を聞いた。

 何とも変な三角関係になっているみたい。

 まあ、私には関係ないから面白いだけだけど……。


「ねえ、もう今日の宿は取ってあるの?」


「え、まだだよ。急に飛び出して来たから」


「間男みたいにコソコソ逃げ出して来て、格好悪い」


うるさいなぁ」


「じゃあ、ここはどう?」


 私はスマートフォンで見つけた温泉宿を蒼汰に見せた。


「え、結衣も泊まるの?」


「当たり前でしょう。こんな時間から家に帰れないわよ」


「確かに……。じゃあ俺は駅前のネカフェとか探して泊まるよ」


「はぁ? 蒼汰は何を言っているの。まだ話も聞き終わって無いし、相談事はこれからでしょう」


「え、いや、でも。一緒に泊まるのは流石に……」


「えー、なに? まさかこんな状態の時に、私に手を出すかも知れないってこと?」


「はぁ? そんなこと有るわけねーだろ。結衣だぞ」


「何それ! 超ムカつくんだけど! だったら問題無いでしょう。今までのお礼とお詫びも兼ねて、私を温泉宿で接待しなさいよ」


「……はい、分かりました」


「よしよし。ちゃんと相談事には乗ってあげるから。それに宿泊代は割り勘で良いよ」


「いや、それは良いよ。俺が出すから」


「本当に! やったー! じゃあ夕食代は私が出すから豪華なのに変更! ここに予約入れるね。空きが多いみたいで安くなっているから!」


「はいはい。どうぞ」


「ポチポチポチっと。はい完了。さてと、お母さんに電話しなきゃ。蒼汰と温泉宿にお泊りするって!」


「えぇぇ。ちょっと待って。それ変な誤解をされそう……」


「蒼汰が私に手を出さなければ、良いだけの話じゃない」


「……」


「嘘うそ。飲み会で帰れないって連絡するだけよ。ばーか」


 ----


「凄ーい! 本当に良い部屋だね。内風呂付きで最高じゃん。こんな部屋に泊まって見たかったのよ」


「おおー! 本当だ。凄いな」


「ねっ! 料理も結構良いの頼んだから楽しみだね!」


「うん」


「ちゃんと相談聞いてあげるからさ! 折角だから楽しもうよ!」


「分かった。食事まで温泉街を散策しようか」


「いいぞ蒼汰! そうこなくっちゃ!」


 浴衣に着替えて、蒼汰と二人で街に繰り出して色々見て回った。

 地酒の試飲をして、美味しかったから後で飲もうと言って購入した。

 足湯に浸かったり、変なお店を見て回ったり。

 高校三年の夏振りのデートみたいな感じで楽しかった。

 蒼汰も楽しそう。逃げ出すぐらい悩んでいたみたいだから、今日は関係が無い私と息抜きだね……。


 温泉街を散策して部屋に戻ると、食事が運ばれて来た。

 超豪華な料理で最高!

 折角だから、地場の美味しいお酒を幾つか注文して、飲み比べをした。


 食事が片付いてから、二人ともほろ酔い程度だったから、いよいよ蒼汰のお悩み相談コーナーになった。

 でも、私にとってはくだらないノロケ話。

 一年間の美麗先輩との同棲の話、ひなちゃんとのラブラブ話、三人での生活の話、一ヶ月我慢させられてどうだったのかまで聞かされてしまった。


「蒼汰さあ。結局ね、あんたがどっちの女が一番好きか決めれば終わる話じゃないの?」


「結衣ぃー。それをそんなに簡単に決められるのなら、こんなに悩まないよ」


「それ、あんたが二人ともキープしておきたいだけじゃない。最低ー」


「えっ? そんなつもりは無いよ。二人とも大事なんだもん」


「うわっ! 嫌な男。女の敵」


「ええぇぇ……」


 蒼汰がねてしまったので、景気付けにお酒を薦めた。

 二人でチビチビ飲みながら結論の出ない話を続けて、結構酔って来たから酔い潰れる前に内風呂の温泉に入る事にした。


「蒼汰! わたし温泉に入るけれど、修学旅行の時みたいに覗かないでね!」


「はぁ? 覗いてねーし。あれはお前が勝手に露天風呂に居たんだろうが!」


「へー、見たかったくせに」


「結衣のとか見たくねーよ!」


「ふん! ばーか!」




 私は内風呂から見える景色を楽しみながら、温泉にゆっくりと浸かっていた。

 雲が晴れた空には綺麗な満月が輝いている。


「ねえ、蒼汰」


「ああー」


「月がめっちゃ綺麗だよ。見てみて!」


「見ろって、そっちに行けねーだろうが」


「私の方を絶対に見ないで、こっちに見においでよ」


「……見るかもよ」


「ばーか、見んな変態」


「ったく」


 文句を言いながら、蒼汰が浴衣姿で内風呂に入ってきた。


「おお、本当だ。すげえ綺麗!」


「でしょう! 温泉に浸かりながら、お月様見られるとか最高じゃない」


「だな」


「ねえ、蒼汰。お盆に乗せてお酒持って来てよ。なんなら蒼汰もお風呂に入っていいからさ」


「えっ、それは不味いだろう」


「あれー、蒼汰は自分の理性に自信が無いのかなぁ。私の魅力に勝てないって事ねー」


「はあ、そんな訳あるか! んじゃ待っとけ!」


 後から思い出すと、この辺りからが不味かったというか、良かったと言うか、そんな感じ……。

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