青年の時間
あの人
第161話 「漫然と」
(蒼汰)
今日は久しぶりに美咲ちゃんとデートだ。
待合せ場所で俺を見付けると、美咲ちゃんは笑顔で駆け寄って来た。今日も白いワンピースが可愛い。
そのままギュッと抱きしめて、美咲ちゃんの香りを思い切り吸い込んだ。大好きな香りがする。
何処だか忘れたけれど、美咲ちゃんを連れて行きたい場所があって、手を繋いでとにかく歩いた。行きたい場所は確かこの道を歩いた先のはずだ。
もう直ぐ到着すると思ったら、繋いでいた手がいつの間にか離れていた。
慌てて振り向くと、美咲ちゃんが居ない。
あれ? 何でだろう。
俺は来た道を走って戻った。
美咲ちゃんが居ない。
待合せた場所まで戻ったけれど、何処にも居ない。
俺は不安になって名前を呼んだ。
美咲ちゃん! 美咲ちゃん! 美咲……
目を開けると部屋の天井が見えた。
また美咲ちゃんの夢を見た。
毎回場所は違うけれど、美咲ちゃんが居なくなるのは一緒だ。
起き上がって時計を見ると、もう昼過ぎだった。
午前中の授業があった気がするがどうでも良い……。
四月から大学生活が始まっている。
履修の登録や必要最低限の事は整えたけれど、全くやる気が起きない。
出席が煩い授業にだけ出席して、あとは自宅から持って来たPCやゲーム機で遊びながら、毎日を
俺の世界から「美咲ちゃん」が消えてしまい、その穴は全く埋まらなかった。
埋まらないどころか、その穴は大きくなる一方だ。
しばらくは、週末に自宅に戻り、美咲ちゃんの手がかりを探していたけれど、全てが徒労に終わり、そのうち無駄を悟り探すのも止めてしまった。
それから日々適当に生きて、髪は伸びてボサボサのまま、無精髭を生やしグダグダな生活が続いている。
航や結衣から連絡が入っていたが、今の状態を見せたく無くて、そのまま放置してしまっている。
散々な前期試験が終わり、気が付けば八月になっていた。
そんなある日、早野先輩から「大丈夫か?」というメッセージが届いた。
誰かが俺の状況を伝えたのだろう。
流石に先輩からの連絡を放置する訳にもいかず、正直に「ダメです……」と返信した。
その翌日、近くのカフェに来ていると言われ、先輩と会う事になった。
俺は何も考えずに酷い姿のままカフェに行った。
一年半ぶりの先輩は、格好良さに磨きがかかり、テラス席の女性達の視線を一身に集めていて、こんな無様な姿で先輩に近寄るのが申し訳なかった。
先輩は俺の酷い有様を見て、少し辛そうな顔をした。
「蒼汰、久しぶりだな」
「はい」
「少しワイルドになったな」
「申し訳ありません。こんな姿で来てしまって」
「構わないよ。俺が急に呼び出したんだ」
「はい……」
「結衣ちゃんから少しだけ話を聞いたが、いったい何があったんだ?」
「何があったのか自分でも良く分かりません……」
俺は卒業式の前日からの話をして、何処を探しても「天野美咲」が存在しない事を説明した。
「信じられない話だな。彼女に何があったのか分からないけれど、蒼汰、辛かったな……」
そう言いながら、先輩は小汚い俺の肩を抱いてくれた。
先輩の優しさに触れて、思わず涙が溢れて来た。
「俺は本当にダメな奴なんです。思い返すと、美咲ちゃんはずっと何かに苦しんでいたんです。それなのに俺は気が付いてあげられなかった……」
「蒼汰……」
「すいません。何だか甘えちゃって」
「全然大丈夫だ。あんまり自分を責めるな」
「はい……」
涙が止まらなくなり、
先輩は俺が泣き止むまで、背中を優しく撫でてくれた。
しばらくすると落ち着いて来たので、何とか顔を上げることができた。
「大丈夫か?」
「……ダメです」
「蒼汰ぁ……」
先輩の困った顔を見て、泣き笑いしてしまった。
「早野先輩にお会いして、少し元気になりました」
「ああ。会って元気になるなら、いつでも呼び出してくれ。デートじゃ無い日なら、いつでもOKだ」
「それは、もう会えないって事ですか?」
「お、蒼汰、言うじゃないか!」
早野先輩から少し元気を貰ったが、俺の怠惰な生活は一向に良くならなかった。
自炊にチャレンジしてみたが、悲惨な出来上がりが続き、結局コンビニ飯や冷凍食品が主食になった。
それも面倒臭くなり、カップ麺一個で一日過ごす日もあった。
そんな時は来栖さんの食事がどれほど素晴らしかったのか身に染みて分かった。
あぁ来栖さんかぁ。元気かなぁ……会いたいなぁ。
来栖さんと過ごした日々が、遠い昔の様な気がする。
本当に優しくて素晴らしい女性だったな……。
いつのまにか、曜日や日にちが分からなくなっていた。
部屋はゴミだらけになり、洗い物も汚れたままで放置してしまい、風呂にも時々しか入らなくなった。
カーテンも開けなくなり、一日中エアコンと電灯が点いたままだった。
俺の部屋はいつの間にか要らない物に埋め尽くされていた。自宅で親父と二人で生活していた時の様だ。いや、あの頃より酷いか……。
食事をするもの
動く気力も無くなり、溢れた物の隙間に寝転がり天井を眺めていた。
そうか……俺はこんなだから美咲ちゃんに捨てられたんだな……。
自業自得だな。
このまま目を瞑って、次に目を開けたら二年前に戻って無いかな……。
でも、なにも変わらないか……。
俺はヘタレでダメな奴だ。
きっと同じことを繰り返すだけだな。
もう諦めよう……。
もう忘れよう……。
俺はいつの間にか眠っていた。なにか夢を見ていた気がする。
その時、俺の事を凄く心配してくれる声がした。
良く分からないけれど、抱きしめられた気がした。
顔にポタポタ雨が降って来る。
でも、温かい。
目が覚めているのか良く分からない。
そういえば、俺は誰かの膝枕で寝ているようだ。
膝枕ってこんな感じなんだな。
何となく目を開けると、ぼんやりと人の顔が見える。
また雨が降って来た。
いや、雨じゃない……。
何でこの人は泣いているんだろう。
あまり顔が見えない。
でも、懐かしい香りがした。
「……蒼汰君……しっかりして……」
「……」
「……ねえ、蒼汰君」
やっと目が覚めた気がする。
何でこの人が居るのだろう。
何で俺を膝枕してるのだろう。
何で泣いているの?
「……折角の美人が、台無しじゃないですか……」
気が付くと頭を優しく撫ででくれていた。
「あ、汚いですよ。俺、全然風呂入ってないから……」
少し笑ってくれた。
「やっぱり、今日も綺麗ですね」
「馬鹿……」
上体を少し起こすと優しく抱えてくれた。
そのまま俺を抱きしめると彼女はまた泣き出した。
「ここ、俺の部屋ですよね」
「うん」
「夢じゃないですよね」
「違うわよ」
「お久し振りです」
「なにそれ」
挨拶が可笑しかったのか、少し笑顔になってくれた。
最後に会った時よりも更に美しくなった女性が目の前に座っている。
とても可愛くて……凛とした美しさは全く変わっていない。
「美麗先輩……」
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