第160話 「それぞれの道」
(蒼汰)
卒業式の日になった。
仲の良かった仲間達と離ればなれになるのは本当に寂しい。
でも、俺には美咲ちゃんがいる。
春から同じ大学に通い、これからも一緒にいる事ができるのだ。
俺が大好きな美咲ちゃん。
今日まで拒絶されることが怖くて、一番伝えたい言葉が言えなかった。
でも、卒業式の後に告白すると決めた。
楽観的過ぎるのかも知れないけれど、告白は上手く行く気がする。
昨日もあんなに一緒にいて、手を繋いだり腕を組んだり、抱きしめたりした。
美咲ちゃんの返事はきっとYESだ。
一歩前に進める気がする。
今日から俺と美咲ちゃんの幸せな日々が始まるんだ。
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登校して教室に入ると、やはりいつもと違う雰囲気が漂っていた。
何となく集まって話をしていたが、直ぐに寂しさが勝って無口になる。
あの結衣ですら今日は元気が無い。時々、俺の方を見て困った様な顔をしていた。
そして、彩乃先生が教室に現れた。着物が凄く綺麗だ。
でも、皆がお別れに気が向いている時に、俺は独りで焦っていた。
美咲ちゃんが登校して来ないのだ。
そろそろ入場という時間になっても来ない。
どうしたのだろう……。
卒業式が始まっても美咲ちゃんは現れなかった。
途中で来るだろうと思っていたけれど、式が終わる頃になっても来ないままだ。
俺は心配で堪らなかった。
何か急病や事故じゃないかと思い、不安になり冷静ではいられなかったのだ。
卒業式が終わり、教室に戻っても美咲ちゃんの席は空いたまま。
彩乃先生が教室に入って来たので、直ぐに聞きに行った。
先生は何となく言いにくそうな感じで「天野さんは欠席です」としか教えてくれなかった。
結衣や他の連中にも、何か知らないか聞いて回ったけれど、美咲ちゃんが休んだ理由は誰も知らなかった。
最後のホームルームが終わり、他の生徒たちは別れを惜しみながら、高校生活最後の日を過ごしていた。
皆が写真を撮ったり別れの挨拶をしている時も、俺はずっと美咲ちゃんを探していた。
結衣や航達も心配してくれて、電話を掛けたりメッセージを送ったりしてくれたけれど、美咲ちゃんとは全く繋がらない。
早々に皆と別れて、直ぐに家で着替えて、昨日約束した待ち合わせのカフェに行った。
何度電話を掛けても不通が続き、メッセージも受信されないままだった……。
俺は謝恩会の時も、俯いたままで泣きそうな顔をしていたと思う。
皆が順番に彩乃先生に挨拶をして、俺は最後に先生の前に行った。
先生は何とも言えない表情をして俺を見つめていた。
これまでのお礼を言って立ち去ろうとしたら、先生から呼び止められて急に抱きしめられた。
「蒼汰、頑張れ。きっと……」
先生はそう言うと何処かへ行ってしまった。
いったい何が『きっと』なのか分からない。
俺は途方に暮れていた。
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俺は次の日から美咲ちゃんを探し続けた。
航や結衣や仲間達も協力してくれたけれど、皆も引っ越しの準備や進学の用意で忙しい。もちろん、俺も引っ越しをしないといけない。
美咲ちゃんのスマートフォンは、あの日から不通のままだった。
そして、不思議な事に美咲ちゃんを探せば探すほど、美咲ちゃんの存在が消えていった。
学校に行き先生に確認したけれど、卒業式前に本人から連絡があって、欠席を伝えてきただけで、それ以外は何も分からないという返事だった。
それでも食い下がって、美咲ちゃんの住所を教えて貰った。
でも、その住所を訪ねると、家は去年から貸別荘になっていて、美咲ちゃんは住んでいなかった。
そもそも天野という人は住んでいなかったと、隣の部屋の人に教えて貰った。
それでも、大学に行けばきっと会えると思っていた。
ところが、大学の合格者一覧には美咲ちゃんの名前は無かった。
俺の大好きな美咲ちゃんは、いくら探しても何処にもいない……。
そして、美咲ちゃんが見つからないまま、俺の引っ越しの日が来た。
航と結衣が見送りに来てくれた。
子どもの頃からずっと一緒に過ごして来た二人とも、これからはなかなか会えなくなる。
結衣が泣きじゃくって
龍之介は三日前に引っ越して行った。航は明日引っ越しだ。
俺達は皆離れ離れになって、それぞれの道を歩み始めることになる……。
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俺は引っ越し先の新しい部屋の真ん中で、呆然と座り込んでいる。
卒業式の前の日まで、俺は確かに美咲ちゃんと一緒に居たはずだ。
あの夏の日にバス停で見かけて、転校してきて、遠足に行って、生徒会役員をして、修学旅行に行って、大学に合格して、これからも、ずっとずっと一緒にいるはずだった。
でも、卒業式の日に美咲ちゃんは現れなかった。
それどころか、一緒に過ごして来たはずの「天野美咲」は
俺の人生から、一番大事だった「美咲ちゃん」というピースがぽっかりと失われてしまった。
俺の前から美咲ちゃんは消えてしまった……。
高校生編 終了
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