第159話 「一番言われたい言葉」

(美咲)

 卒業式の前日に学校に行き久しぶりに皆と話した。

 そして今日は、蒼汰君とデートの約束をしている。

 二人きりのデートは久し振りだから本当に楽しみ。

 そのまま借りる事にしている貸倉庫に戻り、気合を入れてお洒落をするつもり。

 結衣ちゃんごめんね。わたし蒼汰君を今日中に落としちゃうかもよ……なんてね!


 今日の為に購入したキャメル色のレザースカートに長めのブラウスを合わせて、その上にローゲージニットを羽織って大人っぽく決めてみた。

 口紅も綺麗に仕上がった♪

 うん!良い感じ。

 美味しく食べてくれるかしら……ダメだけど。


 待合せ場所に大分早く着いたけれど蒼汰君は先に来ていた。

 直ぐに駆け寄っていきなりハグをした。

 周りの人たちが見ているけれど関係ない。

 ハグされて蒼汰君が照れていた。蒼汰君可愛い。

 久し振りの笑顔が愛おしい。




 先ずはお昼を食べにレストランに行った。

 蒼汰君が一口食べる度に、手を握ったり指で手遊びをしたりして邪魔をした。

 食べにくいよって可愛く言うから、あーんして食べさせてあげた。

 蒼汰君、顔が赤くなっていたわ。可愛い。


 その後は、ウィンドウショッピングをしながら、時々気に入った服を試着をしてみた。

 試着の途中でわざと蒼汰君を呼んで、下着が見えてドキドキしている顔を見て楽しんでしまった。

 蒼汰君、ホック外してみる? なんちゃって。


 ずっと手を繋いで歩いていたけれど、時々腕を組んで胸を押し当てたりしてみた。

 蒼汰君は、そんな事で嬉しそうにするからとても可愛かった。

 カフェでお茶する時も、公園でベンチに座った時も、もうどんな時もずっとずっと蒼汰君を見て、蒼汰君の表情を目に焼き付けていた。


 陽が暮れて来た頃に、海が一望できる公園の展望台に行った。

 夕焼けが綺麗で、恋人繋ぎをしながら落ちて行く夕日を見ていた。

 蒼汰君を見ると、蒼汰君も私を見ていて、目が合って幸せだった。

 このままここで時が止まってしまえば良いのにって、本気で願ってしまった……。


 夕日に照らされた蒼汰君が、笑顔で私を見つめている。

 もちろん私も……。


「夕焼けが綺麗だね」


「うん」


「今日は久しぶりに会えて楽しかったね!」


「うん……」


 涙が溢れそうで、言葉が出なくなってしまった。


「美咲ちゃん」


「うん?」


「明日、卒業式の後に会えないかな?」


「……う、うん」


「どうしても、美咲ちゃんに伝えたい事があるんだ」


「……うん。分かった」


謝恩会しゃおんかいの前に会いたいから、会場の近くのあのカフェで良い?」


「うん」


「良かった……」


「……」


 ねえ、蒼汰君。

 明日、私に伝えたい事って……もしかして、私があなたに一番言われたい言葉かな。

 そうだとしたら嬉しいな。



 その言葉、聞きたかったな……。



「ねえ、蒼汰君」


「うん?」


「変な事お願いしても良い?」


「え? うん」


 蒼汰君の懐に入り込んで、後ろから抱きしめて貰った。

 最初は戸惑っていた蒼汰君も、優しく抱きしめてくれて、そのまま夕焼けが薄くなって行くのを一緒に見ていた。

 涙が溢れそうになって来たから、振り向いて蒼汰君の胸に顔を埋めた。


「ちょっとごめんね……」


 その言葉が精一杯だった。

 これ以上一言でも話したら、泣き出してしまうから……。

 蒼汰君は何も言わず、優しく抱きしめてくれている。




 蒼汰君。元気でね……。

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