第158話 「叶わない夢」

(蒼汰)

 一月も半ばが過ぎた頃、衝撃的な事実を知らされた。

 来栖さんが一月末で居なくなるという事だ。

 とても寂しくなるけれど、よく考えたら俺も三月にはこの家を出て、独り暮らしになる。

 どちらにしても、来栖さんとはお別れしないといけなかったのだ。

 それが、自分が思っていたよりも早くなっただけだった。

 高校三年生のこの時期は、こういうお別れの連続なのかも知れない……。


 お別れの日は直ぐにやって来て、俺は花束とお礼のプレゼントを渡した。

 来栖さんはお別れの挨拶の途中から号泣し始めて、俺も思い切り泣いてしまった。

 来栖さんは、最後に表札に下がっていた自分の名前が入ったプレートを外して、深々と頭を下げて去って行った。


 思い出せば思い出すほど、俺は山ほど来栖さんのお世話になっていた。

 いつも美味しいご飯を食べさせてくれて、どんな相談にも乗ってくれて、沢山アドバイスをしてくれた。

 俺が苦しんでいる時は優しく慰めてくれて、本当の家族の様に接してくれた。

 こんなに優しくて素敵な人はなかなかいないと思う。

 服装は地味目で、見た目は正直不気味でブスだったけれど、俺があと十歳くらい年上だったら、本気でお嫁さんに欲しいと思ったかも知れない。

 実際は素顔を見た事ないから、本当は美人だったりして……。それにスタイルは最高だったし……。


 来栖さんが居なくなった家はとても寂しくて、楽しくなくなってしまった。

 俺は来栖さんの事が大好きだった事を、今更気が付かされてしまったのだ。

 荷物が何も無くなってしまった来栖さんの部屋を見て、また泣いてしまった。


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(美咲)

 アルバイトを辞めて、蒼汰君の家と最後のお別れをした後、私は貸倉庫で伏せたまま、ずっと泣いていた。

 お金が無い時も、家を失い路頭に迷いそうになった時も、私を救ってくれた家だ。

 しかも、大好きな蒼汰君と一時も離れることなく過ごしてきた家。

 いつか必ず戻りたいと思う。

 叶わない夢かも知れないけれど、またあの家の食卓に座って、笑顔で話しがしたい……。


 槇田さんから連絡があり、出国の日が決まった。

 最初に出国日を聞いた時は愕然がくぜんとしたけれど、それで良かったのかも知れない。

 トゥージアやアルシェアで過ごすための準備は整ったので、後は身の回りの整理をしなくてはいけない。


 まず大学に休学届けを提出した。

 入学前の休学届だけれど、海外に行くという事で受理して貰った。休学中に必要な費用は引落になるから大丈夫。

 郵便物は槇田さんのご実家を使わせてもらう事になった。

 もし大事な郵便物が来た時は、会社経由で槇田さんに連絡を貰う事になっている。

 マンションの維持費用についても、全て口座から引き落とされるように手続きをやり直したので問題ない。

 スマートフォンも槇田さんの指定で新たに契約した。いま使用しているものは出国日に解約になる。

 こうして、出国の準備は着々と進んでいた。


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 卒業式の前日は予行演習があるので出校日だ。

 久し振りに皆と会って話をした。

 卒業式は明日なのに、既に泣いている子もいる。

 結衣ゆいちゃんと会うのも久し振りだったので、ゆっくりと話をした。


 結衣ちゃんは四年大の調理士や栄養士の資格を取るための学部に進学する。

 卒業式の日にお互いに蒼汰君にアタックして、結論を出そうって言われたから、二人ともダメだった時の為に、やけ食いをする店を決めておいた。


 わたる君は私大の経済学部に進み、独り暮らしをするらしい。

 特急電車の停車駅へのアクセスが良い場所に家を借りたと言っていた。


 龍之介りゅうのすけ君は学びたいことがあると言って、かなり遠い大学へ進学する事になり、里見さとみさんが嘆いていた。

 その里見さんは、自宅から通える女子大へと進学する。

 遠距離恋愛を頑張ると言っていた。


 伊達だて君と前園まえぞのさんは、何と同じ国立大学に進学する事になり、一緒にキャンパスライフを過ごせると言って喜んでいた。


 もちろん、私と蒼汰君も同じ大学に進学する。

 一緒にキャンパスライフを過ごしたいけれど、私の都合で当面は難しそう。

 いつか一緒に大学の敷地を歩けたら嬉しいな。嬉しいな……。

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