第157話 「歩むべき道」
(美咲)
ジャーナリストの
来年三月の出発で、アルシェア共和国への現地取材が決定したという事だった。
まだ直接アルシェアには入国出来ないので、隣国のトゥージア共和国へ入国して、国境を越えて潜入できるタイミングを待つという話だった。
実はこの連絡に先立ち、私の生活に大きな変化があった。
十月に入り推薦試験を出願した直後に、母と私の口座凍結が解除されたという連絡が入ったのだ。
父の口座はまだ調査中で解除されなかったけれど、私と母の口座は問題のないお金という事が確認されたらしい。
槇田さんが色々調べてくれたおかげで、父の口座が何故凍結されたままなのかも分かってきた。
父はアルシェア共和国の前政権の役人を信用しておらず、子ども達の為に善意で集められたお金を、汚職の絶えない役人に渡すことは行わずに、全てNPO法人の口座から直接投資を行っていたそうだ。
それでも邪魔されそうな案件については、自分の個人口座に資金を移し、そこから直接子どもたちの為に働いてくれる方々に対して、お金を渡していたそうなのだ。
父は当然政変後の現政権の役人にもお金は渡さなかった。
それが原因で、旧政権と現政権の役人の両方から
そして、役人たちの偽証によって冤罪を押し付けられて、詐欺師に仕立て上げられたということだった。
いまだに父の口座が凍結されたままになっているのは、拘束中の父を脅し、そのような役人たちに無理やりお金を引き出されるのを防ぐ意味合いもあるとの事だった。
そして母も詐欺に加担した疑いを掛けられて、父と共に今も軟禁されているらしい。
酷い話だけれど、私は両親の生存が確認できただけでも嬉しかった。
そして、私の口座には驚く様な金額が入金されていた。
母は長期間帰って来られない事を予見していたのかも知れない。
私の金銭問題は一気に解決できるようになったけれど、大学の入学金以外の用途へは使わない事を決めていた。
だから、マンションも貸別荘のままにしておくことにした。
そういう事情もあり、槇田さんにアルシェアへの現地取材に同行させて貰える様にお願いしていたのだ。
今日はその進捗状況の連絡だった。
「ひなさん、本当に行くのね」
「行きます」
「かなり厳しい旅になるわよ」
「はい」
「アルシェアに潜入できるまで、何ヶ月も隣国のトゥージアで情報収集をしながら待たないといけなくなるかもよ」
「はい。覚悟しています」
「簡単に覚悟とか言っているけれど、アルシェアに入国したら、野宿したり泥水をすすったり、何日もお風呂に入れなかったり、それこそ外で人に見られながら用を足さないといけないかも知れないのよ。それでも大丈夫なの?」
「いえ、それはお断りします」
「え?」
「槇田さん。アルシェアの都市部はそんな劣悪な環境じゃないですよ」
「……」
「南西部の紛争地域とかは別ですけれど、アルシェアの首都近隣の都市部は割と発展していて、ホテルとかもちゃんとありますよ」
「そ、それはそうだけれど、どうなっているか分からないし」
「はい」
「それにお金も掛かるわよ」
「大丈夫です。現地の安価なホテルなら数年滞在しても足りるだけの資金はあります」
「……」
「お願いです。同行させて下さい。成人の方の協力が無いとダメなんです。アルシェアに入国できたら、私が色々と案内できると思いますから」
「何だか立場が逆転している気もするけれど……分かったわ。とにかく、あなたと現地取材が出来るように手配してみるわね」
「宜しくお願いします」
「でも、それだけのお金があるのなら、このまま日本で学生をしながら待っていた方が良くない?」
「前にもお話ししたように、このままじゃダメなんです」
「そうね、そうだったわね。でも、その事は本当に大丈夫なの? あなた堪えられるの?」
「はい……。覚悟はしています」
槇田さんは、最初に相談した時は驚いていたけれど、私が本気で行くつもりだと分かってくれて、同行の準備を進めて下さっている。
私は全てを清算する為に、歩むべき道を進む事に決めたのだ。
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電話のあと、買物をするために街に出ると、街はクリスマスムード一色になっていた。
華やかなイルミネーションを見ていると幸せな気持ちになる。
今日は蒼汰さんと一緒にクリスマスツリーを組み立てる約束をしている。
変装した来栖ひなの姿だけれど、また楽しく過ごせると思うと嬉しくて堪らない。
今年のクリスマス・イブは、去年と同じく結衣ちゃんの家でクリスマスパーティーをする事になっている。
今年のイブは日曜日だから、皆と一緒に遅くまでパーティーを楽しむつもり。
きっと皆で楽しく過ごせるのも、これで最後だと思うから……。
高校生の天野美咲は、皆と楽しく過ごしている。
けれども来栖ひなとしては、三月に出国するための準備を始めていた。
実は蒼汰君のお父様と海辺の派遣社には、一月末に家政婦のアルバイトを辞める事を伝えてある。
もちろん、蒼汰君の家からも出て行くことになる……。
蒼汰君のお父様はとても残念がって、部屋はそのままにしておくから、何時でも戻っておいでと言って下さった。
これまでの事もだけれど、本当に感謝しかない。
いつか必ず、本当の事を伝えてお詫びをしたいと思っている。
これから卒業式の前日まで学校に行かなくて良くなるから、しばらくホテル住まいをしながら、身の回りの整理を進めて行こう……。
強気で計画を進めているけれど、蒼汰君に会えなくなる事を考えると、いつも涙が止まらなくなる。
本当は一日も離れたくない。
一緒に大学のキャンパスを歩き、いつも一緒に傍で寄り添っていたい。
でも、このままの嘘と綻びだらけの私では駄目だから、辛くても悲しくても頑張るしかない……。
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