第155話 「洋子さん」

(蒼汰)

 合格祝いのパーティが終わり。夕食を食べた後に、いつもの様に来栖さんと話をしていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。

 誰か忘れ物でもしたのかと思い玄関を開けたら、親父と離婚した前の奥さんの洋子さんが立っていた。


 玄関から強引に入って来ると「上条はいる?」と俺を睨みながら聞いて来た。

 俺は一気に気持ちが苦しくなってしまう。この人の前だと、体が硬直して普通に話せなくなる。

 中学生の頃の嫌な思い出が頭を駆け巡った。


「ち、父なら不在ですが、な、何かごご御用ですか?」


「偉そうに……」


「な、なんですか?」


「この家に大事な忘れ物が有るの。それを返して貰おうと思って来たのよ!」


「で、出て行く時に、ぜぜ全部、ももも持って行きましたよね?」


「はあ? 何て言ってるの? 相変わらず気持ち悪い奴」


「い、いったい、な、何を、わ、忘れたんですか?」


「あのね!」


「どうかされました?」


 来栖さんが心配して玄関に出て来てくれた。


「あ? あんた誰? あ! 上条の新しい女?」


「ち、違います!」


「あ? じゃあまさかこいつの女? まあ、お似合いのカップルだ事。気持ち悪い……」


「それも違いますけれど、失礼ですが何の御用ですか?」


「こいつにも言ったけど、忘れものを取りに来たの!」


「わ、忘れ物って、な、何ですか?」


 来栖さんが来てくれたお蔭で、少し気持ちが落ち着いて来た。


「真珠のネックレスよ。箱に入って何処かに置いたままになっていたでしょ!」


「少々お待ちください」


 来栖さんは物置部屋に入っていった。

 しばらくすると、薄い箱を手に持って帰ってきた。


「こちらですか?」


 そう言って箱を手渡した。

 洋子さんは箱を開けて中身を確認するとニヤニヤしていた。


「あーこれこれ。何? あんた盗んでたの?」


「違います。片付けをしていたら出て来たので、物置に置いていただけです」


「ふん。どうだかね」


 本当に失礼な奴だ。

 俺は一刻も早くこの人から離れたかった。


「み、見つかったのなら早く帰って下さい。に、二度と来ないで下さい」


「は? 何て? 偉そうな事言いやがって! お前のせいでこっちも嫌な結婚生活だったんだよ! ふざけるな!」


 洋子さんは、その辺にあった傘や置物を手当たり次第に俺に投げつけて来た。

 来栖さんが慌てて止めようとしたけれど、危ないので手で制した。

 いつもの事だった……。

 いつもこうして理不尽に叩かれたり、物を投げつけられたりしてきた。

 このヒステリー状態に入ると止まらない。嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。


「警察呼びますよ!」


 来栖さんの一言で、洋子さんの手が止まった。


「チッ……」


 洋子さんは舌打ちして、来栖さんを睨むとそのまま出て行った。

 玄関を開けた時に、三歳位の男の子が驚いた様な顔をして家の中を覗いていた。

 多分、元弟だと思う。

 顔にあざや怪我が無いから、大事に育てられているのだろう。良かった。

 手を振ると嬉しそうに手を振り返して来た。

 元弟は、直ぐに洋子さんに手を引かれ、ドアが閉まって見えなくなってしまった。


「来栖さんにまで迷惑を掛けて申し訳ありません」


 来栖さんの方に向き直って、深々と頭を下げた。

 変な事に巻き込んでしまい申し訳なかったのだ。


「蒼汰さん大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 来栖さんは嫌な目に遭ったはずなのに、俺の事をとても心配してくれた。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言いながら、実は体が強張こわばり、胸が締め付けられる様に苦しかった。


「部屋で少し休んで来ます」


 動きがぎこちなくならない様に我慢しながら階段を上り、自分の部屋に戻った……。


 そして、部屋に入ると直ぐに、その場に座り込んでしまい、体の震えが止まらなくなってしまった。

 やっぱり、まだ駄目だ……苦しい。


 独りで震えながらじっと耐えていると、誰かがそっと抱きしめてくれた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る