第150話 「思わぬ訪問者」

(蒼汰)


「蒼汰は私のこと好き?」


「……は? 急にどうした」


「好きじゃないなら、こんな事しないで……期待しちゃうから」


「え……」


 結衣は立ち上がると、俯きがちに控室から出て行こうとしている。

 控室と教室との仕切りを潜る直前に振り向いた。


「好きなら何をしても良いニャンよ♪」


 そんなトンデモナイことを可愛く言うので、思わずニヤニヤしてしまった。


「うわっ! 蒼汰がHな事想像してる! キモッ! 死ね変態! こっち見んな!」


 結局、散々罵声を浴びせて出て行ってしまった。

 でも、結衣のさっきの発言はどういう意味だ?

 俺は結衣の突然の言葉に動揺していた。

 もしかして、俺には『結衣ルート』とかいう幼馴染黄金ルートが存在するのか?

 結衣は確かに可愛いし、お互いによく知っている。女性として見ているかというと、もちろん見ていると思う。

 でも、恋愛対象かと言われると違う気がする。

 結衣はやはり結衣だ。

 恋人関係になって、そういう事が出来るかと言われると、余程の切欠が無いと無理だと思う。

 多分、結衣も同じ気持ちだと思う。

 航と同じく大切な幼馴染の三人だ。

 それに、俺には大好きな女性がいる……。


 ----


 気持ちを落ち着けて、教室に戻った。

 すると、明日菜さんが座っている席で結衣が騒いでいた。


「あー! さっき蒼汰に控室で襲われた時にメイド服が破けた!」


 結衣の言葉に、美咲ちゃんと明日菜さんと里見さんが一斉に俺を見ていた。

 必死に首を横に振ったが、思い当たる節が無い訳ではないので、「冤罪えんざいだ!」とは叫べなかった……。

 結衣の服は腰の辺りがほつれている。抱きついた時か座り込んだ時に縫い糸が切れたのだろう。


「あ、ちょっと待って下さいね」


 明日菜さんはそう言うと、制服のポケットから小さなソーイングセットを取り出した。


「そのまま動かないで下さいね」


 裾の中に手を入れたかと思ったら、裏側からスルスルと綺麗に縫ってしまった。

 周りから驚きの声が上がる。


「仮縫いみたいなものなので、あまり強く引っ張るとまたほどけますよ」


「あなた凄いのね! 着たままで服を縫って貰ったの始めて!」


 結衣が尊敬の眼差しで明日菜さんを見ている。


「日常茶飯事なので……あ、それと」


 明日菜さんは他のメイド服の女の子を次々と呼んで、テキパキと服の調整をしてくれた。

 ほんの少しの修正のはずなのに、いきなりメイド服の見た目が良くなっていた。


「明日菜さん凄いですね! 裁縫さいほうが得意とか女子力半端ないですね!」


 俺がそう言った途端、クラス全員の女子が殺気立った気がした。

 いや、多分気のせいだろう……。


「得意とかじゃなくて、これが今の本職なので」


 明日菜さんはそう言って微笑んでいた。

 確かにそうだ。

 俺みたいに将来どうするのかとか全然決めて無くて、ただ大学に進学しようと思っているのとでは、既に心の準備が違うのだろう。

 被服科の文化祭で見たファッションショーのピリピリとした雰囲気を思い出した。


 明日香さんを囲んで話をしていると、航が変な声を出して教室の入り口を指さしていた。

 そこには女の子がひとりで立っていた。既視感のある顔だ。

 女の子は教室の中を見渡すと、俺の顔を見て走り寄って来た。


「蒼汰おにいちゃん!」


 そう言って目の前で両手を振っていた。

 制服姿ではなかったから気が付くのが遅れたが、そこに居たのはひろちゃんだった。航の恋人の茜ちゃんのお友達のひろちゃんだ。


「おお! ひろちゃんだ! どうしてこんな所に?」


「……あ、うん。遊びに来たの!」


 そう言うと、急に俺に抱きついて来た。

 ひろちゃんが俺に抱き付くと、結衣と美咲ちゃんと明日菜さんが一斉に立ち上がった。なぜ立ち上がったのかは良く分からない……。


「ちょ、ちょっと裕子ひろこちゃん!」


 航が慌てて引き剥がしてくれた。

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