第151話 「ひろちゃん」

(蒼汰)

 突然学校に現れて、急に抱きついて来たひろちゃん。

 

「ちょ、ちょっと裕子ひろこちゃん!」


 そんなひろちゃんを、わたるが慌てて引き剥がしてくれた。

 ひろちゃんは、ひろこちゃんって言うのか……。

 そう言えば、ひろちゃんとしか呼んだ事が無かった。

 まあ、今更「裕子ひろこちゃん」と呼ぶのもあれなので、俺は「ひろちゃん」のままで良いや。


「ねえ、蒼汰おにいちゃん。今日文化祭なんでしょう? 案内してー!」


 おうっ! 女の子から「蒼汰おにいちゃん」などど呼ばれた事が無かったので、そう呼ばれるだけで萌えてしまった。

 でも、明日菜さんの案内もあるし、出来れば美咲ちゃんとも二人で見て回りたい……。


「蒼汰は生徒会で忙しいから、俺が案内してあげるよ」


 困っていると航が助け舟を出してくれた。


「航君はダメ。仲良くしたらあかねちゃんに怒られちゃう」


 『航君』に対して『蒼汰おにいちゃん』か……。ふふふ、悪いな航。


「航君が『蒼汰おにいちゃんは。彼女も居ないお子ちゃまだ!』って言ってたでしょう。案内して貰っても大丈夫だよね?」


 航ぅぅ……。

 航がバツの悪そうな顔をして、後ろに下がって行く。

 すると美咲ちゃんが傍に来てくれた。


「蒼汰さんと航さんとで、そのお嬢さんと日高さんをご案内して差上げれば宜しくないですか? どうぞ行ってらっしゃいませ」


 美咲ちゃんは、能面の様な顔をしながら冷たく言い放った。

 み、美咲ちゃん。なんか怖い……。


 俺たちは勧められるがままに、四人で文化祭を見て回る事になった。

 明日菜さんは相変わらず俺のシャツのそでを抓んで歩き、ひろちゃんは反対側の腕を組んで歩いている。

 周りの視線が痛い……。


 模擬店や展示を見て回りながら、ひろちゃんが食べたいものを次々にリクエストして、それを四人で食べるといった事を繰り返した。

 お化け屋敷に入る時に、航と明日菜さん、俺とひろちゃんの組合せで入ろうとした。


「茜ちゃんに言いつけてやる!」


 ひろちゃんのその一言で、前をひとりで歩く航と、三人で歩く俺達という変な感じになってしまった……。


「そう言えば、蒼汰おにいちゃん達って進学先決まったの?」


「いや、龍之介りゅうのすけは合格したけれど、俺と航の発表はもう少し先だよ」


「そうなんだー。私は来年どうしようかなぁ」


 きゃぴきゃぴしているかと思ったら、意外に真剣な表情をしていて驚いた。


「私は県外に進学したいのに、親が地元に居ろって煩くて……」


「なる程ねー。なかなか難しいね」


「そういう時は、具体的に何が学びたいかを伝えれば良いのではないですか?」


 明日菜さんがいきなり真面目な事を言いだした。

 ただ大学に進学する事しか考えていない俺には、胸に突き刺さる言葉だ。


「……学びたい事かぁ。うん、そうだね!」


 ひろちゃんが何やら嬉しそうな表情をしていた。

 明日菜さんの何気ない一言が響いた様だ。

 流石に来年就職する人は大人だなぁ……。

 俺は明日菜さんの進路が気になっていた。来年から就職して働くのだと思っていたから、どんな所で働くのか聞いて見たかったのだ。


「え? わたし就職ではなく進学しますよ」


「ええっ! 何処にですか?」


 明日菜さんの口から日本有数の超お嬢様学校の名前が出て来た。

 既に推薦試験で合格していたらしい。


「高校で被服の勉強をしていたのはどうして?」


「母から女性のたしなみを身につける様にと云いつけられまして」


「嗜み? え? 何でそんな……」


 驚いていると、明日菜さんが時計を見て、急に袖をつかむ指を離した。


「あら、もうこんな時間。この後、お茶と日本舞踊のお稽古けいこがあるので、これで失礼しますね」


 明日菜さんは、スタスタと校門の方へと歩き出した。

 慌てて付いて行くと、校門の前に黒塗りの高級車が停まっていて、運転手がドアを開けて明日菜さんが乗り込んで行く。

 しばらくすると、後部座席の窓が開いて明日菜さんに手招きされた。


「上条さん。今日は楽しかったです。またお会いしましょうね」


 そう言って俺に紙を手渡すと、手を振って行ってしまった。

 あ、明日菜さん。何者だ?


 渡された紙を見ると連絡先が書いてあった。

 俺は手紙をそっとポケットに忍ばせた……。

 いや、やましい事は考えてないよ。

 多分、住む世界が違い過ぎるし。

 失礼が無い様に、お礼のお便りをしたためようと思っただけだよ。

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