第135話 「夏を探しに」

(蒼汰)

 夏だ! 夏休みだ! 夏祭りだ! 花火大会だー!

 夏休みになるはずの一学期の終業式を迎えたが、受験生には休みなど無く、お盆までみっちり補習がある。

 まあ、夏祭り&花火大会は、お盆明けだから良いけれどね。

 それに学校があるという事は、美咲ちゃんに会えるという事だから文句はない。

 補習は午前中で終るので、午後は自由だ。

 いや、勉強はするよ。ちょっと息抜きの時間が長いだけだよ……。


 補習が始まって三日目。放課後にわたる龍之介りゅうのすけの三人で、いつものファミレスに行ってランチを食べた。

 いつもの様にくだらない話をしていたら、航がいつになく真面目な顔で、スマートフォンの画像を見せながら話を始めた。


「今度の土曜、補習サボらないか?」


「どうした急に?」


「この画像を見てくれ」


 そう言って見せられたのは、ネットで見かける「ノスタルジックな夏」というイメージの誰かが描いた綺麗な絵だった。

 立て続けにそんな感じの絵を数枚見せられた。


「お前らこの絵を見てどう思う?」


「夏、だな」


「うん、良い夏だ」


「俺は思ったんだ。『こんな夏を見た事あるか?』って」


「……」


「そこでだ。こんな風景を探しに三人で行く事に決めた」


「龍之介、決まったらしいぞ」


蒼汰そうたが賛成するから」


「部外者は黙ってろ!」


「……いや、全員関係者だ」


「でだ。高校三年生の夏は今年限りだ」


「毎年そうじゃないか?」


「部外者はお静かに!」


「……」


「だいたいお前らは女に目が眩んで、日曜日は忙しい」


「……」


「……」


「ということで、土曜日の補習をサボって、三人で夏を探しに行く事に決めた」


 俺の住んでいる街は海辺にあるので、夏の海っぽいイメージは直ぐに見つかる。

 でも、航が指定してきたのは、「田園風景」、「駅か踏切」、「自転車の女学生」、「少し朽ちた標識」、「田舎の古い家」、「ビンのラムネ」、「駄菓子屋」、「びた看板」、「ソーダアイス」、「小川」、「夏空」、この辺のキーワード含む景色を探す事だった。

 土曜日までの二日間は、この景色がありそうな場所をネットで探すのに費やした。

 しかも、補習をサボるので誰にも言う訳にはいかなかった。

 知っていたのは、俺ら三人の他には来栖くるすさんだけだろう。

 学校には予備校の夏期講習が土日にあるという事で、補習を欠席にした。


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 当日の朝は、補習の登校時間に被らない様に、かなり早く家を出た。

 俺のリュックの中には沢山おにぎりが入っている。

 今日の事を来栖さんに伝えていたら、いつもより早起きをしてくれて、三人分のおにぎりを作ってくれたのだ。

 特急列車で県を二つほど越えて、ローカル線に乗り換えた後、更に乗り換えて田舎の小さな駅で気動車きどうしゃを降りた。

 無人駅では無いが、良い感じの駅舎だったので、乗って来た二両編成の気動車きどうしゃと一緒に写真を撮った。

 駅の時刻表を見ると、三時間に一本しか運行して無くて、上りは十八時が最終だった。帰りの時間には要注意だ。

 駅を出ると小さなバス停の建物があり、その手前に地元のタクシーが一台停まっているだけで、期待通りの田舎の風景が広がっていた。


 先ずは線路沿いの道を歩いて、踏切の有る夏の景色を探した。

 踏切越しに、遠くに浮かぶ夏雲と、連なる深緑の山を背にした田んぼが広がる場所があったので、まずそこで撮影。

 航がもう少し他の感じが欲しいというので、さらに踏切を何箇所か探した。

 その後、線路沿いから離れて小川とかを探して歩くと、田んぼの脇に用水路があったので、そこでも撮影した。

 しばらく田んぼ道を歩いて、錆びて少し朽ちた道路標識も見つけた。なかなか良い感じだ。


 お昼を過ぎた頃に一旦駅に戻り、駅員さんに許可を貰い待合室でおにぎりを食べた。

 来栖さんが作ってくれたおにぎりは、航も龍之介も美味しいとベタ褒めだった。

 いつも食べている他の料理も全部美味しいと言うと、二人から「蒼汰は来栖さんと結婚すればと良いと」ニヤニヤしながら言われた。

 二人はあの容姿を思い出してからかっているのだろうが、俺はまんざらでも無い。

 二人には話せないが、来栖さんは凄くスタイルが良くて、とても綺麗な体をしている。髪型を変えて眼鏡を外したら、もしかしたら結構イケてるかも知れないのだ。

 いや、無理か……。


 駅員さんに近くに駄菓子屋がないか尋ねると、町外れに一件あると教えてくれた。

 夏の景色にはマストアイテムなので、駅を出て駄菓子屋さんへと向かう。

 見付けたお店は、期待したイメージに近い駄菓子屋さんだった。

 木造二階建ての一階が店舗になっていて、お店の前にはアイスのショーケースとガチャガチャと自販機が置いてあり、かき氷の吊り旗が下げてある。

 そして店内には駄菓子が沢山並び、奥に婆ちゃんが座っていた。

 完璧だ!

 俺達は散らばると、色々な角度からイメージに合いそうな写真を撮った。

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