第134話 「転機」
(美咲)
一通の封書が前の住所から転送されて来た。
宛名は「来栖明利様 ご息女様」となっている。
差出人を見ると、聞いたことが有る様な無い様な会社からだった。
部屋に戻って手紙を読んだ。
父と
紹介者の名前は、確かに父と親しくしていた記者さんだ。
父の事で取材をしたいので、一度会えないかという内容で、連絡先と
断ろうと思ったけれど、最後に「私は
会うのと無視をするのと、どちらのリスクが高いかを考えて会う事にした。
正直に言うと、いまの生活が全て崩れ去ってしまうかも知れないと思い、ものすごく怖かった。
会う時に蒼汰君に傍にいて欲しいけれど、それは無理な話なので、独りで会わなくてはいけない……。
面談の場所は、住んでいたあのマンションの近くだった。
隣の席との間が広く取られている落ち着いた感じの喫茶店で、大きな声で話さなければ隣の席の声は聞こえない。
槇田さんはTシャツにデニムパンツというラフな格好で、ショートカットがとても似合っていた。年齢は三十歳前後に見えた。
名刺を受取って席に付くと、一枚の紙を渡された。
【貧困に
「これが私が受けた指示内容」
槇田さんは文書を見せながら、私の表情を探る様な眼で見て来る。
「あの。それで私に何を聞きたいのですか?」
「最初はね、そこに書いてある内容に沿った記事を書くために、あなたのお父様の事を調べ始めたの」
「はい」
「でもね、来栖さんと一緒に仕事をしていた人や、官僚の誰から話を聞いても、疑っている人も悪くいう人も居なかったわ」
「……」
「その辺りから何か変だとは思い始めていたのだけれど、家族の暮らしぶりを調べないと確信が持てなかったから、色々調べてみたの」
「はい……」
「そしたら、奥様も昨年の九月にアルシェアで拘束されている事がわかって。残された一人娘の生活がどうなっているのか興味が出て来て、今その調査中」
「はい」
「銀行口座を凍結されても、あんな豪華なリゾートマンションに独り暮らしができて、普通に高校にも通えて……。本当は自宅の金庫とかに横領したお金が大量に置いてあるんじゃないの?」
疑うような目付き見られて、この人は敵かも知れないと思ったけれど、今更だった。
「いえ、そんな事はないです。それにあのマンションには……」
「分かってるわ。あなたは、あそこには住んでいないのでしょ?」
「……」
「私も記者よ。事前に出来る調査は全てやるわ。あの部屋は貸別荘になっているわね」
「はい」
「他にも別荘とかあって、そこで暮らしているという事かしら。やっぱり現金を沢山持っているの?」
「いえ……」
私は何処まで事実を話して良いのか迷っていた。
もし、今の生活圏に土足で入って来られたら、周りに偽っている事も
怖くて体が震えてきた。
「まあ、あなたが黙っていても、私は記者として調べないといけないから、もし良かったらちゃんと教えてくれない?」
「……あの」
私の生活圏には絶対に立ち入って来ない事を条件に、今の生活の全てを話すことを了承した。
全ての話を聞き終わっても、今の話が全て事実とは思えないと言うので、スマートフォンに収めてある「変装した来栖ひな」、「上条家の表札に下がっている私のプレート」、「貸倉庫内」、「蒼汰君の家の私の部屋」の写真を見せた。
写真を食い入る様に見た後に、槇田さんは急に頭を下げて謝り始めた。
「ひなさんごめんなさい。正直、あなたの事を疑っていました。私は金持ちのお嬢さんが、親のお金でお気楽に過ごしていると思っていたの。とんでもない誤解でした。本当に申し訳ありません」
「普通は人に信じて貰える様な話ではないので……」
「でも、あなた凄い根性あるのね。本当に感心したわ。いつかあなたの事を本に書きたいくらいよ」
「いえ、とんでもないです」
「私に出来る事があったら何でも言ってね。出来る事は必ず応援するから」
彼女はそう言いながら、私の手を何度も握りしめた。
私は
「ひなさんのお父様が絶対に無実だと確信できたので、その事実を追うから任せて!」
槇田さんは笑顔で答えてくれた。
その後は世間話になり、ジャーナリストの苦労話を聞いたり、私の恋愛相談を聞いて貰ったりした。
最後に私の生活環境の
いつどうやって折り合いを付けるのか、事実を伝えるのか、それとも伝えずに済む方法を選ぶのか……。
その事で色々相談して良いかお願いしたら、快く引き受けてくれた。
覚悟をして会った事で、私の状況を全て知っている人を相談相手として得る事ができた。
不安だったこれからの事に、少しだけ光が差して来た気がした……。
帰り際に、槇田さんが私のスマートフォンを指さしながら、何か意味深な表情をしていた。
「ひなちゃんの彼氏、格好良いじゃない。一緒に住んでるなんて良いわね」
スマートフォンの他の写真は見られて無いと思ったら、ちゃっかり見られていた。
「彼氏だと良いんですけど……」
「家で迫っちゃえば良いじゃない!」
「あの変装でですか?」
「ふふふ」
槇田さんは、笑いながら帰って行った。
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