第39話 「俺も一緒に抱きしめて」

(蒼汰)

 二人の先輩が抱き合ったまま、後ろに居た桐葉きりは先輩に話しかけていた。


「あ、桐葉! お前も打ち上げ来るよな?」


「ああ、行く行く」


「おお、桐葉も参加か。楽しくなりそうだな」


「じゃ、美咲ちゃん。また今度ね!」


「はい」


 美咲ちゃんがペコリと頭を下げる。


「あ、そうだ。俺リレーで勝ったからさ! 約束通り今度デートしてね!」


「え、いえ……」


「おいおい。あれは団体競技だろう。個人競技で勝ったのは俺だから、俺がデート権獲得だろう」


「いやいや、リレー限定での約束だから俺の勝ち! ね、美咲ちゃん!」


「……ごめんなさい」


「うはっ。また撃沈だよ。快人、強く生きような!」


 そう言って、笑いながら行ってしまった。


「お騒がせしました……」


 桐葉先輩は二人から少し遅れて歩き始めた。

 一瞬見つめられている気がしたけれど、気のせいだろう。

 ちょっと怖そうだけれど、綺麗な人だった。


 


 先輩三人を見送っていると、急に美咲ちゃんの前に三年生の女子が数人現れた。


「ちょっと、あんたさあ」


 そう言うと、美咲ちゃんに詰め寄って来た。

 やだ。何だか怖い。


「涼介君とどういう関係? しかも、なに偉そうにお誘い断ってんのよ」


「え、いえ。そんなつもりじゃ……」


 美咲ちゃんが困った顔をしている。


「はあ? 何? 何がそんなつもりなの?」


 ヤバい。喧嘩腰けんかごしだ。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 間に入って止めたいけど、足が踏み出せない。


 怒った様な女性の口調や態度を見ると、洋子さんとの事を思い出してしまうのだ。

 いっぱい怒鳴られた、良く分からない事でいつもたれた。

 我慢しなきゃ。ずっとそう思って耐えていた。

 今でも思い出すと身がすくむ。

 でも、美咲ちゃんを助けたい。

 変な女達に絡まれている美咲ちゃんを守りたい。

 頑張れ俺……。今日から『美咲さま』じゃなくて『美咲ちゃん』って、呼ぶことに決めたじゃないか。

 美咲ちゃんは誰にも渡さない。誰にも傷つけさせない。

 俺は覚悟を決めて、美咲ちゃんと女達の間に割って入った。

 行けー! 俺ー!


 華麗かれいに割って入ったつもりが、足がからまり三年女子と美咲ちゃんの間に思い切り転んでしまった。

 突然の事に沈黙が流れる。


「……何こいつ」


「ちょっ、邪魔!」


「何だお前」


 ヤバい。蹴りとか入れられそう。

 そう思った途端。


「あんた達さあ、何やってるの?」


 ドスの効いた女性の声がした。


「は? 何?」


 にらむような感じで振り向いた女子達が凍り付いた。

 彼女達の目の前に、桐葉先輩が鬼の様な表情をして立っていた。


「私の後輩に何か用? 私が話聞くわよ」


「い、いえ……何でも無いです。ごめんなさい」


「じゃあもういいでしょ。消えて」


 桐葉先輩に睨まれると、さっきまで威勢の良かった女子達は、凄い勢いで逃げて行った。


「天野さん、大丈夫?」


「はい。ありがとうございます」


「居るんだよね。ああいう馬鹿が」


「はあ……」


「涼介達にも、ちゃんと言っておくから。これからも、何か言ってくる馬鹿が居たら、私に言いに来てね」


「は、はい……」


「じゃあ、気を付けて帰って」


「ありがとうございました」


 起ち上って、全身に着いた砂を落としながら桐葉先輩を見送った。

 先輩、超格好良い……。

 俺、超格好悪い……。

 そんな俺を美咲ちゃんの声が救ってくれた。


「蒼汰君ありがとう」


「え?」


「今日、倒れた私を抱えて保健室に連れて行ってくれたのよね」


「あ、ああ」


「本当にありがとう。誰か分からなかったけど、蒼汰君だったんだね」


「いや、まあ。うん」


「蒼汰君で良かった」


 えっ!

 何? 今なんとおっしゃいました?

 もしかして、美咲ちゃん俺に惚れた?

 今日から二人の青春ラブストーリーが始まるの?

 ウヒョー。キタコレ。


「あ、あまり知らない人だったら嫌だなぁって思っていたの」


「うん……」


「知らない人に倒れた所とかあまり見られたくないし、知ってる人で良かった」


「う、うん……」


 微妙な言い回しになって来たな。

 つまり知人だったら誰でも良かったって事ね。

 そうよね。そんなものよね。

 俺の青春ラブストーリーのトリガーなんて、そんな簡単に見つからないわよね。


 早野先輩と望月先輩は、まだその辺に居るのかしら。

 先輩! 俺も一緒に抱きしめて! そして俺も慰めて!

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