第34話 「ああ、柔らかい……」

(蒼汰)

 それはそうと、美咲ちゃんは断ってたよね?

 『困ります』って言ってたよね!

 もしかして『他に好きな人が居るので』とか言ったのかなぁ。

 それってもしかして俺の事だったり……って事は無いよね。

 いや、転校前に付き合っていた相手が居るかも知れないし。

 はぁ。考えれば考えるほど絶望的状況だ。


 絶望と悲しみで落ち込みながら応援席の裏手を覗き込むと、美咲ちゃんはまだそこに居た。

 うつむいていて、表情は分からない。

 でも、何か変だ。

 そう思ったら、急によろけてやぐらの支柱につかまると、そのまま座り込んだ。

 どうしたのだろう。

 心配になり話かけようと腰を浮かせた途端、美咲ちゃんがそのまま横になってしまったのだ。


「美咲ちゃん!」


 俺は慌てて駆け寄った。


 ----


「美咲ちゃん! 美咲ちゃん!」


 呼びかけても返事がない。


「美咲ちゃん! ねえ美咲ちゃん! どうしたの!」


 少し体を揺さぶると、うっすらと目をあけた。


「……大丈夫……」


 かすれる様な声で返事をしたかと思うと、また目を閉じた。

 全然大丈夫じゃない。

 このままにしておく訳にはいかない。

 保健室だ、保健室に運ぼう。

 後から考えれば、助けを呼びに行けば良かったのだが、倒れた美咲ちゃんを前にして、冷静な判断が出来なかった。


「美咲ちゃん、保健室に運ぶよ!」


 美咲ちゃんが手に持っていた飲物をポケットに突っ込み、ひざまずいてひざと肩の下に腕を挿し込んで、抱き上げようとした。

 そう、お姫様抱っこをしようとしたのだ。


 当然無理だった。


 美咲ちゃんの体を浮かそうとした瞬間、無様ぶざまにつんのめって、美咲ちゃんのお腹の上に顔から突っ伏しただけだった。


 ああ、柔らかい……。それに大好きな香りがする……。


 夢や妄想なら、この状態になったら美咲ちゃんのお腹に顔をスリスリして、あわよくば胸の方まで顔を埋めに行ったに違いない。

 もちろん、こんな緊急事態にそんな不埒ふらちな事を考える余裕もなく、どうすれば良いか必死に考えを巡らせた。


 おんぶだ! 背負えば行ける!


 美咲ちゃんの上半身を起こした。

 美咲ちゃんの顔は真っ青だ。


「美咲ちゃん、しっかり!」


 呼びかけると、少し目を開けて答えてくれた。


「……大丈夫だよ……」


 大丈夫だ。意識はある。


「美咲ちゃん。背負うから俺に掴まって、少しだけ起き上がって!」


 美咲ちゃんは俺の両肩に腕をかけて、足に力を込めて少しだけ腰を浮かせてくれた。

 腕を前に引き寄せながら四つん這いになり、美咲ちゃんの体を背中に載せた。


 行ける!


 その姿勢のまま必死に立ち上がり、美咲ちゃんの腕を首に巻いて足をしっかりと引き寄せた。

 背中に当たるお胸がとっても……いや、なんでも無い。

 美咲ちゃんの大好きな香りをもっと……こら、我慢しろ!


 転ばない様に一歩ずつしっかりと歩き、校舎に入って直ぐの保健室へと美咲ちゃんを運び込んだ。




 美咲ちゃんを背中に抱えたまま保健室に入り、保健医の先生と一緒にベットに寝かせた。

 状況を聞かれたので、見た事や話した内容を説明した。

 初めて見たが保健医の先生は可愛かった。

 そう言えば航がそんな事を言って騒いでいた気がする。

 もっと早く保健室にお邪魔すれば良かった。

 しかし白衣ってエロイなぁ……。

 いやいや、今はそんな事より美咲ちゃんの事だ。

 先生は美咲ちゃんのそばに行き、カーテンを閉めて話かけていた。


 しばらくしたら意識がしっかりしてきたみたいで、先生と小声で何か話していた。

 話が終わったのか、先生がカーテンを少し開けて出て来た。


「もう大丈夫だから、君は戻って良いよ」


 いえ、先生。僕も気分が悪いので、横になりたいです。僕は美咲ちゃんの事が心配なので、美咲ちゃんの横で良いですか?


 何て事を言える訳もなく。そのまま傍に居たかったけれど、付き添える立場でもないので、渋々立ち去る事にした。

 ポケットに美咲ちゃんの飲物を入れていた事を思い出して先生に渡した。

 『鉄分++プルーン云々』とか書いてある飲物だった。

 これは飲んだ事が無い。美味いのか?


 ----


 教室に戻りながら、今起きた出来事を思い出していた。

 美咲ちゃんを背負った時、お胸が背中に当たってたなぁ。柔らかかったー。

 何とかして、ちょっと触りたかったかも。

 持ち上げるのに失敗した時がチャンスだったよなぁ。

 大丈夫だと分かっていたら。大好きな香りを嗅いだり、あんなことやこんな事も……。

 相手が大丈夫だと分かると、こんなものだ。

 出来もしないのに大後悔だ!


 教室に戻ると机は元の場所に戻してあり、机の上には「食え」とメモ書きが置いてある弁当箱があった。結衣の弁当箱だ。

 結構お腹いっぱいだったが、組体操までには時間があるし、結衣のお母さんにも申し訳ないので、食べることにした。

 外からは応援団の演舞に使う和太鼓の音が聞こえてくる。

 体育祭の午後の部が始まった様だ。

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