第33話 「美咲さまを誘う影」

(蒼汰)

 午前中の競技が全て終了し、昼休みになった。

 生徒は一旦教室に戻り、昼食になる。

 今日は学内であれば、どこで食べても良い。

 観覧に来た保護者の為に、学食のテーブルなども解放されている。


 美咲さまは、結衣達と机をいくつか繋げて教室で食べるらしい。

 ご一緒したかったが、結衣から睨まれて、女子で食べるから机を貸せと言われたので、大人しく諦めた。


 わたると龍之介と三人で外に出て、学食のそばに座れる場所かあるので、そこで食べることにした。

 俺と航は「障害物競走」という当り障りの無い競技に出て、午前中の出場競技は終了。

 昼休み明けは、各組応援団による応援合戦と演舞えんぶがあり、俺らはその後の男子組体操で体育祭の出番は終了。サブカルチャー文化会系男子の出番などこれで十分だ。


 弁当を食べ始めたら、応援団の連中がもうグラウンドに出て来ていた。

 応援合戦と演舞の為に、気合の入った姿になっている上に、髪型も凄い事になっていた。

 ちょっとしたコスプレじゃん……。

 そう思ったけれど、口に出して言うと危険が危ないので、言わないでおいた。

 気合の入った皆様を横目に、俺たちはゆっくりとお弁当を食べ、女子競技についての討論会を行っていた。

 ついでに、龍之介が一着になった時に女子数名が騒いでいた事を教えてやった。

 龍之介はまんざらでも無い表情をしていたので、言わなきゃ良かったと思った。


 しかし、今日の来栖さんのお弁当も本当に美味しい。

 美咲さまと一緒だったら、もっと美味しかったのに。

 それに今日こそ美咲さまの手作り料理を食べてみたかった……。


 ----


 食後にまったりとしていると、美咲さまが学食の横にある自販機で飲物を買っていた。

 犬の様に尻尾を振りながら寄って行きたかったが、寄って行った所でまともにお話しすら出来ないから諦める。


 でも、美咲さまは今日は何だか体調が悪そうだ。足取りが重たそうなのが気になる。

 自販機からエントランスを抜け、渡り廊下を校舎に向かう美咲さまを、少し心配しながら目で追っていると、校舎に入る直前に誰かが話かけていた。

 男だ。

 男はグラウンドの方を指さして、美咲さまを連れて行こうとしている。


 何やってんだ、あの野郎は……。


 出来るだけ人目を避ける様な感じで、美咲さまの前をグラウンド方向に歩いていく。

 しばらく見ていると、美咲さまの前を歩く野郎の顔が見えた。

 途端に俺の心臓が跳ね上がる。

 相手はあの早野涼介だったのだ。

 俺の美咲ちゃんに何の用だ!




 早野先輩と美咲ちゃんはグラウンドに出ると、人気の無い応援席の裏手の方へと入って行った。

 俺はじっとしていられずに、航達に用事があると言って、二人の後を追いかける事にした。

 ダッシュで応援席に近づき、二人から気付かれない様に静かに腰掛けた。


「……ね。ダメかな」


「……」


 会話の途中だった上に、美咲ちゃんの声が小さすぎて良く聞こえない。


「いきなりで戸惑ったかも知れないけど、お願い」


「……」


「いや、それはそうなんだけど。ダメかな。そんなに重たく考えないで!」


「……困ります」


「そうか、ごめんごめん。今日はいきなりだから、あれだったね」


「……」


「俺は諦めないから。これからも宜しく!」


「無理で……」


「あ、そうだ! 最終種目のリレーで僕が勝ったら、ご褒美に今度デートしてね!」


「……いえ……」


「じゃ! またね美咲ちゃん。呼び出してごめんね!」


 そう言うと、早野先輩は手を振りながら笑顔で校舎の方に戻って行った。


 今の会話から推測するに、早野先輩が美咲ちゃんに交際か何かを申し込んだが断られた。でも諦めないと言って爽やかに去って行ったという感じか……。


 何てこった。俺のライバル誕生かよ。

 しかも相手は学校一のモテ男、早野涼介先輩。

 これは相手が悪すぎる。ウザオ達とはレベル違い過ぎる。

 それにしても『リレーで勝ったらデートしてね』だと?


 残念だったな。

 それ、死ぬか負けるかのフラグだ!

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