第109話 「セロリィ」

(ねえ、私が悪い子だからこんな事をされるの?)


(痛い事しないで。ごめんなさい)


(嫌! 何でそんな事するの?)


(何で変な事した後に、そんな目で見るの?)


(誰か助けて! お父さん何処に居るの……)


(嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌――――!)




「セロリィちゃん。もう大丈夫よ……」


 私は誰かに抱き締められていました。

 また嫌な事をする人だったらと思うと、怖くて目が開けられません。

 でも、この人はいつまでも優しく頭を撫でてくれます。

 恐る恐る目を開けました。

 何だか見覚えのある女の人でした。


「セロリィちゃん。私の名前はパクティよ。貴方のお母さんに貴方の事を頼まれたのよ」


「お母さん死んじゃった……お父さんも帰ってこないの……」


「うん。もう大丈夫。私が貴方を守ってあげるから」


 ふと横を見ると、今まで私に嫌な事をして来た召使めしつかいの人達が、血を流して倒れていました。

 この人達は、お父さんがダンジョンで行方不明になって、その後お母さんが死んだら、急に乱暴になって嫌な事をし始めたのです。

 女の人にはいつもたれて、男の人には裸にされて嫌な事をされました。

 男の人と女の人が一緒に居る時も裸にされて、色んな嫌な事をされました。

 でも、パクティさんが私を助けてくれて、しばらくしてお父さんも帰って来ました。

 パクティさんは、お母さんが冒険者だった頃の弟子だと言っていました。

 お母さんに何度も命を助けられたそうです。

 病気で寝ていたお母さんから手紙が届いて、私の事をお願いされたそうです。


 それからは誰にも嫌な事をされなくなって、パクティさんと一緒に過ごしました。

 それでも、時々あの頃の事を夢で見たりしてうなされます。

 私は大きくなって、あの頃何をされていたのか分かって来ました。


 思い出す度に怒りが込み上げて来ます。

 あの小汚い召使や奴隷どれい共は、私をなぐさみ者にして、いたぶって楽しんでいたのです。

 思い出す度に怒りが込み上げて来ます。

 あの小汚い者共をのさばらせてはいけないのです。

 夢に見る度に殺してやりたくなります。

 あの下賤げせんの者共を許してはいけないのです……絶対に。


 ――――


 サンドランド国の領地となった元チュオウノ国南部。

 そこにあるオーク族の村に娘はいた。

 首と両手を木枠で固定され、常に裸でいつくばった格好をさせられている。

 時々残飯を投げ与えられては、泥まみれの残飯をすすりながら生きていた。

 オーク族のうらみを買った娘は、奴隷以下のなぐさみ者として扱われている。

 常に虚ろな目をして、オーク族の雄に犯される時も無表情のままだ。

 食べ物を持っている者が前を通ると、更に這いつくばり食べ物を欲しがった。

 だが、娘の言葉が分かる者は居ない。




 とある深夜、その薄汚れたブロンドの娘の前に、ひとりのオークが現れた。

 その者を見上げ、娘が直ぐに物乞いをする。


「食べ物を下さい。お願いします。食べ物を下さい……」


 オークは持ってきた食べ物を娘に投げ与えた。

 娘は滅多に貰えない肉を見つけると、這いつくばりながらむさぼる様に食べ始めた。

 食べ終わると、直ぐにまた物乞いを始める。


「お願いします。食べ物を下さい。食べ物を下さい」


「ふっ。あんたも、なかなかしぶといわね」


 立っているのはめすのオークだった。

 娘の汚れたブロンドの髪を引っ張り上げると、顔を自分に向けさせる。

 そして、虚ろな瞳の奥を覗き込んでいた。


「ほら、全然諦めてない。流石ね」


「食べ物を下さい。お願いします……」


「もう芝居は良いわ。時間が無いの」


「……」


「ここから逃げ出したいのなら、ちゃんと話しなさい」


 言葉を投げかけられた刹那。虚ろだった娘の眼差しが鋭く変化した。


「なによ」


「ふふ。流石に平民から這い上がって王位に就くほどの女はしぶといわね」


「だから、何なのよ」


「あんたのせいで、私はオーク族の中では淫売いんばい扱いなのよ」


「意味が分からないわね」


「あんたのせいで、どれだけの雄と交わったと思っているの」


「だから?」


「私はこの国のオーク族の中では生きていけない。逃げ出すわ」


「それで?」


「あんたは、しぶとくて狡猾こうかつだから役に立ちそうだし。あんたの生き方は女として嫌いじゃ無いのよ。だから誘いに来たの」


「……」


「あんたが残飯すすりながら、犯され続けて朽ち果てたいのなら、ひとりで行くわ」


「ふんっ! 良いわよ。豚姫様に付き合ってあげる」


「私の名前はパエリーア」


「ふっ。意外に可愛い名前だったのね。豚姫様」


「あんた今度豚姫って呼んだら置いて行くわよ」


「分かったわ。で、何処に行くの?」


「トウホウ国」


「トウホウ国?」


「ええ。ここを東に行った所に港街があるの。そこで協力者が待っているわ」


「ふふ。面白そうね」


「ええ、異国の地でやり直すわよ」


「ふふふ。小汚い愚民どもを、あっと言わせてやるわよ……」


 ――――


 この後、セロリィとパエリーアはトウホウ国へと逃げ延び、そこで暮らしたと言われている。

 この年から数えて十年後に、大地震によりトウホウ国との間にある山脈の一部が崩壊し、大陸は陸続きになった。

 その数年後にトウホウ国がその陸路から攻め込み。世にいう「第二次大陸戦役」と呼ばれる長い戦争が始まるのだが、その原因がセロリィとパエリーアに有ったか否かは定かでは無い。


 後年の歴史書に詳しい記述があるが、その物語はまた別の機会に語られるべきであろう……。





 磨糠まぬか 羽丹王はにお

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