第106話 「落城」

 チュオウノ国の元王城にある広間には、三国の代表者と白い装備をまとった娘達、そして様々な種族の者達が居並んでいる。

 戦後処理を進める彼らの顔は明るく、ほがらかに談笑する姿さえ散見された。

 そんな彼らの前に、捕らえられた女王が引き据えられた……。




 北のノースランド国と南のサンドランド国からの宣戦布告に加え、セイホーウ国に国境を破られ、チュオウノ国は三方より攻め込まれる形となった。

 圧倒的に不利な状況に陥ったチュオウノ国は非常にもろかった。

 あがらうよりも恭順きょうじゅんする事により、領地の安堵あんどを得ようと考える貴族達と、無駄な戦は避けたいと考える三国の思惑が合致し、通過する様な侵攻速度で王都へと迫ったのだ。

 更にルコラ王子自らが説得に出向いた事や、遠方の貴族らに恭順を勧める書簡を送った事も、チュオウノ国の抵抗が最小限に収まった事の大きな要因となった。


 いよいよ王都を包囲し、王都を守る兵士達に恭順をうながすと、固く閉ざされていた城門はいとも簡単に開放された。

 城門から脱出してくる兵士や住民達が街道に溢れ、城壁内に侵攻するのを半日以上待たねばならない程であったと言われている。


 そんな中、ほろ馬車で逃れようとしている者をケーバブが停車させた。

 単に王都から逃げ出す商人にしか見えなかったが、何故か違和感を覚え単騎で馬を寄せたのである。


「何処へ行くつもりだ。東の方は未だ危険だぞ」

 

 ケーバブが御者ぎょしゃに話し掛けると、ローブを目深に被った女がかしこまりながら答えた。


「ありがとうございます。気を付けます」


「お主等ぬしら商人も大変だな」


「全くでございます。危うく死ぬところでございました」


「災難だったな。念のため荷をあらためても良いか」


「……え、ええ。荷物と妹が乗っているだけですけれど」


「そうか。ほろを解いて見せてくれ」


「はい……」


 御者が馬車の後方へと向かうと、馬を降りたケーバブがその背に剣を突きつけた。

 その刹那、御者が羽織っていたローブを脱ぎ去り、赤毛の女が剣を構えた。

 体の一部しか隠れていないつややかな防具を着こみ、鍛え上げられた体が露わになる。御者はパクティだったのだ。


「お前の声には聞き覚えがある。その節は随分とお楽しみ頂いた様だな」


「けっ! 情けない声を出しながら、何度も私に逝かされたのが忘れられないのかい。また相手してやろうか!」


 パクティがケーバブの首元を狙い剣を突き入れる。

 ケーバブは軽くかわし、隙が出来た腹部へと剣を差し込んだ。

 だが、パクティも身を引いて素早く躱す。

 一瞬二人が見合う形になるが、パクティが今度は上段から切り下げた。

 ケーバブが剣で受け止め、そのまま鍔迫つばぜり合いになる。


「ほう、なかなかやるな」


「馬鹿な男共には負けないよ」


「ふふ。そうだった、お前に礼を言わねばならなかったな」


「何だい? あたしの抱き心地が良かったとかなら、礼を言われるまでもないよ」


「笑わせるな。我が妃のバジルと比べたら、お前の抱き心地なんぞ豚以下だ!」


「はっ! バジルって、あのモンスターに犯されながらひーひー喜んでたあの奴隷どれいの事かい? 二人で情けない声でも出し合って勝手に楽しんでな!」


 パクティが剣をらし、一旦後ろに下がると剣を中段に構え直した。

 ケーバブは誘い込む様に両腕を開き、相手に討ち込む隙を与えている。

 その姿にパクティの口の端が吊り上がった。直後に脚を横薙ぎに行く。

 ケーバブは脚を引き難なく躱したが、パクティはその動作から変化して、剣を跳ね上げるとケーバブの首を狙いに行った。

 パクティの素早い動きに付いて行けず、ケーバブの首が剣で引き裂かれたかの様に見えた。

 しかしケーバブはパクティの変化を読んでおり、首を逸らしながら寸での所で剣を躱すと、そのまま素早く一回転し、剣を跳ね上げた事で開いたパクティの脇腹を切り上げた。

 ケーバブの斬撃を躱し切れず、脇腹を深く切り裂かれたパクティの体がくの字に曲がる。

 それでもパクティは、返す剣でケーバブの首を狙ったが、それよりも早くケーバブの剣が彼女の胸を貫いていた。

 パクティは口から血を吐くと、そのまま地に伏せる。

 地面に倒れ込む彼女の目に既に光は灯っていなかったが、その口元には笑みがこぼれていた……。




 馬車の周りをサンドランド兵が囲み、荷馬車のほろを解くと、中から豪奢ごうしゃなドレスを着たブロンドの女が自ら出て来た。

 セロリィは血だまりに伏せるパクティを見て一瞬表情を曇らせたが、直ぐに胸を張り周りを囲む兵士達を見据えながら声を上げた。


「我は女王のセロリィである。無礼な真似は許さぬ。控えよ!」


 虚勢きょせいを崩さないセロリィの前にケーバブが立ち塞がる。


「ほう、お前がセロリィか。我が父シシカーバブと、弟ドーネルのかたきだな。こいつを捕らえよ!」


「我に触れるな! 薄汚い下賤げせんの者共が!」


 セロリィの言葉が兵士を逆上させ、彼女は土の上に引き倒され、頭を踏みつけられながら縄で縛り上げられた。

 それでもセロリィは抵抗を止めず、兵士に唾を吐き暴言を喚き続ける。

 結局、兵士達によって猿ぐつわ噛まされ、頭から布袋を被せられた状態で、荷馬車の荷台へと放り込まれた。


 ――――


 皆の前に引きえられひざまずかされたセロリィが、居並ぶ者達を鋭い眼差しでにらんでいる。

 豪奢ごうしゃなドレスは泥にまみれボロボロに破れ、その美しい顔も汚れてすすけた様になっていた。

 彼女を引き据えた者が猿ぐつわを外すと、セロリィは胸を張り叫び始めた。


「我はチュオウノ国の偉大なる女王セロリィ! お前らの様な下賤げせんの民は、この私を見られただけでも感謝なさい! さあ、惨めな下郎ども。高貴な私を殺すが良い!」

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