第103話 「戦役の第二幕」

「あの馬鹿どもは、まだ見つからないの!」


 国境の城塞にある最も豪奢ごうしゃな部屋でセロリィが怒りを露わにした。

 怒鳴り上げられた兵が首をすくかしこまる。

 トマトゥル王がピマンと共に行方をくらませてから、一年近くが経とうとしていた。

 トマトゥルは既に王という立場を失い、今はセロリィが女王となっている。

 しかし、トマトゥルの死が確認出来ない状態では、貞淑ていしゅくな妻を演じねばならず、ルコラ王子との事も下手を打てずにいたのだ。


 幸い、セイホーウ国に於ける敗北は、無能なトマトゥル王の失策が原因で、その為に彼は逃げ出したという事になっている。

 セロリィ女王への批判は無く、むしろ失踪した王の面目を保つために最前線に留まり、身を削り兵士達を支える女王として賞賛される程であった。


 城壁が幾重にも並ぶこの城塞は堅固で、本国から援軍も入り少々の事で陥落する心配はない。

 この城を攻めあぐね、セイホーウ国が奪取を諦める状況になれば、ルコラ王子との婚姻を進め、二人でチュオウノ国の王都へと戻れば良い。

 その後は、王族としてルコラと共に優雅な生活を送れば良いのだ。

 出来る事ならばトマトゥルを見つけ出して始末しておきたいが、あの愚物の評判は既に地に落ちている。手を下さずとも彼が王に返り咲く事は無い。


 セロリィは彼女の望んだ栄華の頂点にいる。

 遂にチュオウノ国の女王となったのだ。


 ――――


 その頃、黄金や宝飾で飾られた華麗な謁見えっけんの間で、サンドランド国王が書簡を広げていた。

 送り主はノースランド国のピッツア王と記されている。

 ノースランド国からの書簡など、にわかには信じがたいが、使者は確かにノースランド国の者であり、何と使者と共にエルフ族とセイホーウ国の使者も同行していたのだ。

 文書に書かれた内容と日付を見て、王は何かを確信したのか、直ぐに臣下の者に指示を与えた。

 そして、しばらく思案を巡らせた後、ルンダーンを王城へと招いたのだ。


 ルンダーンの登城を待つ間、王はもう一度書簡の日付を見て、信じられないと言った様子で首を振る。

 あの「不可侵の森」を越えて来ない限り、この短期間でセイホーウ国を抜けて書簡が届くはずが無いのだ。

 ノースランド国とエルフ族にセイホーウ国の使者。王は新たな時代が訪れている事を感じざるを得なかった。



 

 ルンダーンがケーバブを伴い王の御前へと姿を現すと、王は二人を手招きし傍に呼び寄せた。

 王は幾つかの質問を投げかけ、それに二人が答えると、満足げに二人に指示を与えた。

 ルンダーンは王からの指示を受けると、ケーバブと目を合わせ口の端に笑みを浮かべる。

 ケーバブも真剣な眼差しでルンダーンに強くうなずいた。この国でこれほど重要で栄誉な役目を任されるとは思っていなかったのだ。

 

 二人は駆けるように屋敷に戻り、美しい二人の妻に王から拝命した任務を伝え、嬉しそうに出発の準備をし始めた。

 ルンダーンとケーバブは余程この任務が嬉しいのか、子どものように勇んでいる。

 そんな二人を、大きなお腹を抱えたバジルとファヒータが微笑みながら見守っていた。

 四人の住む屋敷は、出発を急ぐ二人の準備で急に賑やかになった……。




 戦乱の後の話になるが、サンドランド国の歴史書には、四人は旧チュオウノ国側の領地に屋敷を構え、そこで共に暮らしたという記録が残っている。

 ルンダーンとファヒータ、ケーバブとバジルは、それぞれ三人の子どもを授かったとある。

 ルンダーンとファヒータの最初の子は色白でケーバブ似、ケーバブとバジルの子は褐色の肌でルンダーン似だったという。


 二人目以降の詳細は伝わっていないが、男児が四人と女児が二人生まれ、四人は生まれて来た子ども達を、分け隔てなく我が子として育てたと言われている。

 ルンダーンは本人が望まなかった事も有り、サンドランド国の王座に就く事は無かったが、その色白の長子が後のサンドランド国王になった。

 彼らの子ども達は、その聡明な国王の下でそれぞれ重要な地位に就き、サンドランド国の発展に寄与したと言われている。


 二組の夫婦が同じ屋敷に住み共に暮らしている事に、当時四人を色眼鏡で見る者も居たが、どの歴史書を紐解ひもといても、この四人はひとつの家族として仲良く幸せに暮らしたとつづられている。

 また、これは歴史書ではなく、物語として語り継がれている話になるが、この四人が幸せに暮らせたのは、妻であるバジルとファヒータの間に、深い愛情がつちかわれていたからだという話も後世に伝わっている。


 ――――


 国境の城塞を巡るにらみ合いが始まり半年が過ぎた頃。

 そろそろルコラ王子との婚姻を進めようと、密かに準備を進めていたセロリィ女王の元に凶報がもたらされた。

 北の強国ノースランド国と南部の大国サンドランド国が、あろうことか同日にチュオウノ国に宣戦布告し、国内へと攻め込んで来たと言う知らせが届いたのだ。

 兵の大半をこの城塞に集めていた上に、本国の南北から同時に攻め込まれるという状況に陥り、チュオウノ国の者達は頭を抱えた。

 彼らは完全に劣勢に立たされたのだ。


 ここに「第一次大陸戦役」の第二幕が切って落とされたのである。

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